日本のヒップホップ





























日本のヒップホップ
様式的起源
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ヒップホップ
文化的起源
日本の旗 日本 1980年代
使用楽器
ラップ、ボーカル、ターンテーブル、シンセサイザー、DAW、ドラムマシン、サンプラー、ヒューマンビートボックス
サブジャンル

ウエスト・コースト・ヒップホップ、ハードコアヒップホップ
融合ジャンル

ヒップポップ、ミクスチャー・ロック
地域的なスタイル

渋谷系

2019年の日本のヒップホップ

日本のヒップホップ(にほんのヒップホップ)では、日本のヒップホップについて解説する。




目次






  • 1 歴史


    • 1.1 1980年代前半


    • 1.2 1980年代後半


    • 1.3 1990年代前半


    • 1.4 1990年代後半


    • 1.5 2000年代前半


    • 1.6 2000年代後半


    • 1.7 2010年代前半


    • 1.8 2010年代後半




  • 2 代表的なアーティスト


    • 2.1 日本武道館


    • 2.2 NHK紅白歌合戦


    • 2.3 MC


    • 2.4 DJ


    • 2.5 ダンサー


    • 2.6 グラフィティライター


    • 2.7 ビートメイカー


    • 2.8 ヒューマンビートボクサー




  • 3 日本のヒップホップレーベル


  • 4 日本のヒップホップに関連するメディア


    • 4.1 バラエティ番組


    • 4.2 テレビドラマ


    • 4.3 ラジオ


    • 4.4 雑誌


    • 4.5 映画




  • 5 関連項目


  • 6 脚注





歴史



1980年代前半


1983年7月30日、映画『フラッシュダンス』が日本で公開される[1]。劇中のROCK STEADY CREWによるストリートダンスに影響されたFUNKY JAMや、TOKYO B BOYSのCRAZY-Aらがブレイクダンスを始める。また、映画『ワイルド・スタイル』が日本で公開され、監督と34名の出演者が来日する。プロモーションとして『森田一義アワー 笑っていいとも!』や『11PM』などイベントやテレビにも出演し、日本のヒップホップシーンを作り出すきっかけとなる[2][3]。1984年6月23日には、『ブレイクダンス』が日本で公開される[4]


1984年5月に佐野元春が、アルバム『VISITORS』を発表。オリコンで1位を記録する。メジャーレーベル系ミュージシャンとしては初の日本語によるラップとして扱われることもある。


1984年11月25日、吉幾三の8枚目のシングル「俺ら東京さ行ぐだ」が発売され、オリコンチャートで年間21位を記録する。これは邦楽史上初めてのラップを取り入れた楽曲のヒットである。12月にはハードコアボーイズが桑原茂一プロデュースのシングル「ほうらいわんこっちゃねぇMIX」を発売する。これが日本で初めて販売されたリミックス(メガミックス[5])である。



原宿の歩行者天国(1983年~)ではCRAZY-Aやナオヤが所属するTOKYO B BOYSをはじめ、Dr.Tommyが結成したB☆5 CREW、堀江ハルキやCAKE-KやCHINOらのMYSTIC MOVERS、DOMINOS TOKYO、DJではDJ KRUSH、MURO、DJ BEAT、新宿や六本木ではOHJI、SAM、横浜市ではFLOOR MASTERS等のダンサー、DJ、ラッパーが活動していた。


1980年代後半


1985年、高木完と藤原ヒロシがタイニー・パンクスを、モンチ田中らがDJグループM.I.D.を、dj honda、DJ KOOらがリミキサーグループThe JG'sを結成する。同年、いとうせいこうがアルバム『業界くん物語』を発売する。プロデューサーはヤン富田で、藤原ヒロシ、DJ K.U.D.O.、Dub Master Xらが参加した[6]。原宿ではTOKYO B BOYSやB☆5 CREWに代わり、ミスティックムーバーズ、B-ROCK CREW等が活動を始める。アフリカ・バンバータが来日した際は、ステージ下でブレイクダンスバトルが行われた。


1986年にアメリカのヒップホップ・グループ・Run-D.M.C.が「ウォーク・ディス・ウェイ」を大ヒットさせると、これを切っ掛けにラップ新世代が台頭し、日本でもそれに呼応して様々なラップがシーンを賑わせた[7]。10月25日、近田春夫がPresident BPM名義で1枚目のシングル「MASS COMMUNICATION BREAKDOWN」を発売する。同年、川畑満男が渋谷に「HIP HOP」というクラブをオープンし、DJ YUTAKAがレギュラーでプレイした。また、いとうせいこう&タイニー・パンクスが1枚目のアルバム『建設的』を発売する[8]。JAGATARA、MUTE BEAT、トマトス、S-KENら4組のバンドが、インクスティック芝浦ファクトリーで「東京ソイソース」を開始する。ライブとライブの間にDJが入るという初めての試みをし、いとうせいこう&TINNIE PUNX、ランキンタクシー、近田春夫、ECD等が出演した。


1987年、近田春夫がVIBRASTONEを結成。ECDがベスタクス主催のオールジャパンオープンDJバトルコンテストで優勝する。同年、パブリック・エネミー等が来日。


1988年、中西俊夫、高木完、藤原ヒロシ、屋敷豪太、DJ K.U.D.O.らがレコードレーベル「MAJOR FORCE」を設立し、DJ Underground Contestを開催する。第一回目の優勝者はレゲエDJのChappie、第二回目の優勝者はDJ KRUSHで特別賞はスチャダラパー。このイベントにはTWIGYと刃頭のグループBEAT KICKSをはじめ、B-FRESH、DRAGON & BIKKE、GAKU-MC、DJ SEIJI(SPC)、Hi-TECK GROOVE等も出場していた。


1989年、ニュージャックスウィングが流行し、テレビ朝日系列でダンス番組『DADA L.M.D』の放送が始まる。また、ZOOの初期メンバーであったKAZUとJJAY Yが日本人として初めて「ソウル・トレイン (テレビ番組)」に出演し、ジェフリー・ダニエルのバックダンサーを務めた。同年、ECDが「CHECK YOUR MIKE」を開催。BOY-KEN、Hi-TECTH GROOVE、A.K.I PRODUCTIONS、MAZZ & PMX、TUFF NUTS等が出演した。また、Rhymesterが結成される。



1990年代前半


1990年5月5日、スチャダラパーが1枚目のアルバム『スチャダラ大作戦』を、MAJOR FORCEから発売する。さらに、TOKYO No.1 SOUL SET、脱線3、TONEPAYS(かせきさいだぁ≡)、四街道ネイチャー、A.K.I. Production等と、リトル・バード・ネイション結成。


1991年、高木完がアルバム『Fruit Of The Rhythm』でEPICソニーより、スチャダラパーがアルバム『タワーリングナンセンス』でキューンソニーよりメジャーデビュー。同年、日本テレビ系列「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」で、「ダンス甲子園」が始まる。LL ブラザーズ、ZOO等が出演する。また、KRUSH POSSE、TOKYO No.1 SOUL SET等の「Chain Gang」、リトル・バード・ネイションが「LBまつり」をスタートする。ECDも「CHECK YOUR MIKE コンテスト」を開催し、第一回目はリボルド・サフレイジが、翌年の第2回大会ではイエロー・モンキー・クルーが優勝する。その他、TONEPAYS、キミドリ、T.A.K The Rhymehead、MC ICHI、INOVADERのグループ3A BROTHERS等も輩出。ZINGI、Rhymester、EAST END、MELLOW YELLOWは「Young MC's In Tow」を、CRAZY-Aは「WATCH ME」を開催する。


1992年、YOU THE ROCKがYOU THE ROCK & DJ BEN名義で『NEVER DIE』、『TIGHT BUT FAT』をリリースしデビュー。
dj hondaが、DJ Battle World Supremacyにて準優勝を果たす。同年、グルーヴガーデンがトミーボーイからシングルを発売し、全米ツアーを敢行。ザ・ルーツ、2パック、フーシュニケンズ、ブラックシープ、ディガブルプラネッツ等と共演。また、MURO、TWIGY、DJ GO等がMICROPHONE PAGERが結成。日本のヒップホップのオーバーグラウンド進出へのカウンタームーヴとしての活動を始める。ECDは1枚目のアルバム『ECD』を発売する。下北沢のZOOで、「スラムダンクディスコ」が開催される。YOU THE ROCK & DJ BEN、ECD、RHYMESTER、MICROPHONE PAGER、キミドリ、POWER RICE CREW、MELLOW YELLOW等が出演した。


1993年4月25日、RHYMESTERが1枚目のアルバム『俺に言わせりゃ』を発売する。本作の収録曲「FUNKY GRAMMAR」にEAST ENDとMELLOW YELLOWが客演したことにより、後にRIP SLYMEやKICK THE CAN CREW等も排出するFUNKY GRAMMAR UNITが結成され、「F.Gナイト」を開催する。同年10月23日、キミドリが1枚目のアルバム『キミドリ』を発売する。同年11月21日、m.c.A・Tの1枚目のシングル「Bomb A Head!」が発売され、アルバム『m.c.A・T』と共に中高生を中心にヒットする[9]。同年、キングギドラやラッパ我リヤが結成される。また、Run DMC、アイス・キューブ等が来日する。


1994年3月9日、スチャダラパーと小沢健二のシングル「今夜はブギー・バック」が、同年8月21日、EAST END×YURIの1枚目のシングル「DA.YO.NE」が発売され、共にヒットした[9]。前者は累計50万枚以上を、後者は日本のヒップホップミュージックとして初めてミリオンセラーを記録する。同年7月21日、脱線3が大阪弁で歌うラップアルバム『バチルカ』が発売され、自主製作盤ながら1万枚を売り上げる[9]。また、DJ KRUSHがイギリスでヒップホップをインストゥルメンタルとして表現する。この動きが後に欧州を中心としたトリップ・ホップのブームへと結びつく。「HIPHOP最高会議」が代々木公園で行なわれる。出演はECD、ILLICIT TSUBOI、MICROPHONE PAGER、RHYMESTER、キミドリ、MAZZ&PMX、DS455、GAS BOYS、UJT等。



1990年代後半


1995年、LAMP EYEがシングル「証言 featuring RINO, YOU THE ROCK★, G.K.MARYAN, ZEEBRA, TWIGY, GAMA, DEV-LARGE」を発売する。2月13日、EAST END×YURIが2nd Single『MAICCA -まいっか-』を発売し、前作「DA.YO.NE」に引き続き2作連続ミリオンセラーを達成。
RIP SLYMEがアルバム『Lip's Rhyme』でインディーズデビュー。12月10日には、キングギドラがアルバム『空からの力』でデビュー。EASTEND×YURIの「DAYONE」、「MAICCA」が新語・流行語大賞にノミネートされ、この年のNHK紅白歌合戦にも出場する。


1996年、MCのMACCHOとDJのDJ TOMOの2人でOZROSAURUSを結成。同年4月24日、YOU THE ROCK★が1枚目のアルバム『THE SOUNDTRACK '96』を発売する。ECD、TWIGY、LAMP EYE、Mummy-D、DEV LARGE、HAB I SCREAM、E.G.G.MAN、UZI、MACKA-CHIN、HAC、DJ TSUTCHIE、DJ MASTERKEY、DJ MAKI、DJ WATARAI、INOVADER等数多くのプレイヤーが参加し、クラシックとなった。同年5月22日、BUDDHA BRANDが1枚目のシングル「人間発電所」を発売する。7月7日、ECDが日比谷野外音楽堂にて「さんピンCAMP」を開催する。約4000人を動員し、後にビデオ、DVD化された。翌週7月14日、スチャダラパーが日比谷野外音楽堂にて「大LBまつり」を開催する。12月18日、コンピレーションアルバム「THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7」が発売。収録曲「カンケリ」で当時バラバラで活動していた、KREVA、LITTLE、MCUがコラボレーション。このコラボがきっかけでKICK THE CAN CREWを結成。


1997年1月25日、OZROSAURUSがミニアルバム「ライム・ダーツ」でメジャーデビュー。
4月23日、BUDDHA BRANDが『ブッダの休日』を発売する。チルヒップホップの名曲として世に広まる。同年7月25日、ZEEBRAがシングル『真っ昼間』を発売し、ソロメジャーデビュー。同年8月、CRAZY-Aが代々木公園にて「B-BOY PARK」を開催。以降、毎年8月の恒例イベントとなる。8月21日、KICK THE CAN CREWがシングル「タカオニ」でインディーズデビュー。


1998年2月21日、RIP SLYMEが2ndアルバム「Talkin' Cheap」を発売し、同アルバムに収録されている曲「Searchin」のコラボを切っ掛けにSUがメンバーに加入。4MC+1DJの形態となる。6月10日、熊本県の餓鬼レンジャーが、1枚目のアルバム『リップ・サービス』を発売する。9月25日、ラッパ我リヤが初アルバム「SUPER HARD」を走馬党Entertainmentからリリース。10月24日、m-floが「The Way We Were」をリリースし、インディーズデビュー。


1999年4月28日、Soul Screamが2枚目のアルバム『The positive gravity〜案とヒント』を発売する。代表曲である『蜂と蝶』を収録。同年7月23日、Dragon Ashが3枚目のアルバム『Viva La Revolution』を発売する。ヒット曲「Grateful Days featuring. ACO,ZEEBRA」等、ラップミュージックが多数収録された。7月7日、m-floが「the tripod e.p.」でメジャーデビュー。オリコン9位を記録。
7月20日、RHYMESTERが3枚目のアルバム『リスペクト』を発売する。同年の朝日新聞の記事で同アルバムを封建主義的と批判。宇多丸は雑誌Blastの中で取材不足と反論。9月8日、Sugar SoulがDragon Ashのkjを客演したシングル『Garden』を発売する。90万枚以上を売り上げる。9月8日、DJ OASISが「地下から... feat. ZEEBRA / ILLリーガルドラッグ feat. RAPPAGARIYA」でソロデビュー。9月15日、札幌市のTHA BLUE HERBが1枚目のアルバム『STILLING,STILL DREAMING』を発売する。10月1日、g-ton、DJ MITSU、crystal boyの3人でnobodyknows+が結成される(当時のユニット名は「nobody knows」)。12月15日、ケツメイシが「こっちおいで」でインディーズデビュー。GAZOO.com CMに起用される。



2000年代前半


2000年2月15日、三軒茶屋の妄走族が1枚目のアルバム『君臨』を発売する。3月23日、ZEEBRAがシングル「MR.DYNAMITE 」をリリース。この発売を機に音楽番組「ミュージックステーション」、「HEY HEY HEY」、「CDTV」に出演し話題を呼ぶ。4月21日、ラッパ我リヤが「Do the GARIYA thing」でメジャーデビュー。7月27日、横浜市のDS455が1枚目のアルバム『BAYSIDE RIDAZ』を発売する。8月29日、nobodyknows+が「nobody knows」をリリースしインディーズデビュー。地元名古屋HMVで4位にチャートインする。10月7日、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDが1枚目のアルバム『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』を2万枚限定発売し、即完売する。これを受けて同作をDef Jam Japanから再発売し、15万枚を売り上げる。同年、YOU THE ROCK★が日比谷野外音楽堂にて「HIP HOP ROYAL 2000」を開催する。KAMINARI-KAZOKU.、RHYMESTER、K DUB SHINE、ZEEBRA、スチャダラパー、SOUL SCREAM、OZROSAURUS、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、妄走族、WORD SWINGAZ等が出演した。また、フジテレビ系列のテレビ番組、『森田一義アワー 笑っていいとも!』にZEEBRA、YOU THE ROCK★、ラッパ我リヤ、RHYMESTERが出演。宇多丸は番組司会のタモリとモーニング娘。のメンバーである加護亜依について討論する。


2001年2月15日、DABOがシングル『拍手喝采』でDef Jam Japanよりメジャーデビュー。同年3月22日、RIP SLYMEがシングル「STEPPER'S DELIGHT」でメジャーデビュー。10万枚を売り上げる。4月25日、横浜市のOZROSAURUSが1枚目のアルバム『ROLLIN'045』を発売。8万枚を売り上げる。同じく4月25日にケツメイシがシングル「ファミリア」でメジャーデビュー。オリコン36位を記録。5月9日、スケボーキングが小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」をサンプリングしたシングル『TOKIO LV』を発表。オリコン10位を記録。 5月23日、KICK THE CAN CREWが「スーパーオリジナル」でメジャーデビュー。8月9日、KICK THE CAN CREWのKREVAがB-BOY PARK MC BATTLEにて3連覇を達成。11月7日、マイカデリックがアルバム『娯楽の殿堂』でcutting edgeよりメジャーデビュー。11月17日、RHYMESTERが「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」でメジャーデビュー。11月28日、Steady&Co. がアルバム『CHAMBERS』 を発売する。34万枚を売り上げる。12月5日、RINO LATINA II がアルバム『Carnival of Rino』を発売する。


2002年、キングギドラが6年振りに再結成し、4月10日に再結成第1、2段シングル「UNSTOPPABLE」、「F.F.B.」をリリースし、「ミュージックステーション」、「HEY!HEY!HEY!」、「COUNTDOWN TV」等音楽番組に出演するなど話題を呼ぶ。そんな中「UNSTOPPABLE」収録曲「ドライブバイ」と「F.F.B」の歌詞に不適切な歌詞があったとされ、両シングルの発売停止に至った。またその年発売されたアルバム『最終兵器 (アルバム)』に収録曲されている「公開処刑 feat. BOY-KEN」では、ZEEBRAから降谷建志に対する名指しのDIS、K DUB SHINEからRIP SLYME、KICK THE CAN CREWに対する暗喩なDISが行われた。1月23日、Dragon Ashがシングル曲『Life Goes On』を発売する。盗作騒ぎもあったものの、ソフトバンクのCMに起用され、売上は80万枚を突破。同年発売された『FANTASISTA』も40万枚以上もの売上を見せるが、上記のキングギドラのDISにより、1年ほどDragon Ashは音源を発表しなくなる。2月22日、Shing02が2枚目のアルバム400を発売する。3月27日、S-WORDがシングル「KROS OVA'<斬>-swisherz deftime fliez-」でDef Jam Japanよりメジャーデビュー。4月24日麻波25が『SONS OF THE SUN』をリリース。ポカリスエットCMソングに起用され、32万枚のヒットを記録。4月28日、THINK TANKがBLACK SMOKER RECORDSを設立し、1枚目のアルバム『BLACK SMOKER』を発売。5月22日、Tha Blue Herbが2枚目のアルバム『Sell Our Soul』を発売する。自身らへのDIS曲と言われたRHYMESTER の『ウワサの真相』へのアンサー曲も収録。6月10日、新宿のMSCが1枚目のアルバム『帝都崩壊』を発売する。6月25日、大阪のDOBERMAN INC. が1枚目のアルバム『DOBERMANN』を発売する。プロデュースはBach Logic。7月10日、大阪の韻踏合組合が1枚目のアルバム『CRITICAL 11』を発売する。7月24日、RIP SLYMEがヒット曲『楽園ベイベー』などを収録した『Tokyo Classic』を発売する。日本レコード協会から100万枚出荷したアルバムの認定を受ける。8月9日、札幌市のMIC JACK PRODUCTIONが1枚目のアルバム『SPIRITUAL BULLET』を発売する。メンバーのShren The Fire、BIG JoeはかつてBoss The MCとラッパーズロックというグループを結成していた。12月18日、名古屋市のM.O.S.A.D.が1枚目のアルバム『THE GREAT SENSATION』を発売する。DJ KENTAROがDMC World Finalにおいてアジア人としめて世界チャンピオンとなる。


2003年、EAST ENDが活動再開。11年振りに発売したアルバム『Beginning of the Endless』は、FUNKY GRAMMAR UNITの全員に加え、CRAZY-A、童子-T等が参加した。高田馬場の降神が自主制作アルバム『降神』を発売する。1月22日、SOUL'd OUTがシングル『ウェカピポ』でメジャーデビュー。2月19日 にnobodyknows+がアルバム『nobody knows3』をリリースし、メジャーデビュー。


2004年3月、4月7日、KAMINARI-KAZOKU.が結成10年目にして初めてのアルバム『330 〜more answer no question』を発売する。5月26日、nobodyknows+がシングル「ココロオドル」をリリースしオリコン初登場5位を記録。同年の紅白歌合戦にも出場。6月、KICK THE CAN CREWが活動休止を発表。8月25日、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDが2枚目のアルバム『STRAIGHT FROM THE UNDERGROUND』を発売し、オリコンチャートで週間4位を記録。9月8日、加藤ミリヤが1枚目のシングル「Never let go/夜空」を発売する。「夜空」はBUDDHA BRANDの人間発電所をサンプリングしており、リミックスにはDEV LARGE等が参加している。9月8日、KREVAがシンガーのSONOMIフィーチャーしたシングル音色を発売する。発表したアルバムの中で最も高い売上を記録する。7月14日、K DUB SHINEが3枚目のアルバム『理由』を発売する。本作の収録曲「来たぜ」が原因となり、DEV LARGEとのビーフが起きた。インターネットで公開されたDEV LARGEのアンサーソング「ULTIMATE LOVE SONG」、K DUB SHINEのアンサーソング「1 THREE SOME」、DEV LARGEのアンサーソング「前略ケイダブ様」は、後にミックスCD等にバージョン等を変えて収録されている。8月21日、Nujabesが1枚目のアルバム『Metaphorical Music』を発売する。世界中に知名度を広め、テニスプレイヤーの錦織圭も愛聴していると発言。11月22日、M.O.S.A.D.のTOKONA-Xが急逝(享年26歳)。DJ AKAKABEがDMC世界チャンピオンとなる。大阪のヒューマンビートボクサー、AFRAがFUJI XEROXのCMに起用される。また、同年Prefuse73の共作アルバムDigital Breathを発売する。SEEDAとDJ ISSOがMix CDのシリーズ『Concrete Green』を発売し始める。L-VOKAL、SD JUNKSTA、ISH-ONE、4WD、Monjuらが知られるようになる。



2000年代後半


2005年7月13日、安室奈美恵が7枚目のアルバム『Queen of Hip-Pop』を発売。約50万枚を売り上げた。11月23日、DEV LARGEが「"D.L presents THE SINGLE ; MUSIC REVOLUTION β」を発売し、D.L名義でのソロ活動を開始。B BOY PARK2002 MC BATTLEの優勝者漢a.k.a.GAMI等が、ULTIMATE MC BATTLEを開催。カルデラビスタが初代チャンピオンとなる。現在は漢a.k.a.GAMIに代わり晋平太等が運営している。


2006年2月1日、KREVAが2枚目のアルバム『愛・自分博』を発売し、日本人ラッパーとして初めてオリコンチャート週間1位を記録する。9月2日、SCARSが1枚目のアルバム『THE ALBUM』を発売する。9月20日、SEAMOが2枚目のアルバム『Live Goes On』を発売し、オリコンチャート週間1位を記録する。SEAMOはこの年のNHK紅白歌合戦にも出場した。12月27日、SOUL'd OUTがベストアルバム『Single Collection』を発売し、オリコンチャート週間2位を記録。


2007年1月31日、RHYMESTERがベストアルバム『メイドインジャパン〜THE BEST OF RHYMESTER〜』を発売し、オリコンチャート6位を記録する。3月31日にはKING OF STAGE VOL.7 を日本武道館で開催する。18年間の活動で共演してきたキングギドラ、ゴスペラーズ、横山剣、SUPER BUTTER DOG、Scoobie Do、Wack Wack Rhythm Band等のアーティストが出演した。3月21日、THA BLUE HERBが5枚目のシングル「PHASE 3」を発売し、オリコンインディーズチャート週間1位を記録する。3月、ヒップホップ専門誌「blast」が廃刊。8月15日、相模原市を拠点に活動するSD JUNKSTAのリーダー、NORIKIYOが1枚目のアルバム『EXIT』を発売する。10月17日、SEEDAがアルバム『街風』でエグジットチューンズよりメジャーデビュー。10月24日、ノリアキが1枚目のアルバム「This is da Music.」を発売する。TBS系列『リンカーン』のコーナー「世界ウルリン滞在記」に、練マザファッカーのD.O、bay4k、D-Ask、SHIZOO等が出演。中川家・剛にラップを指南した。D.Oは会話の語尾に毎回『メーン』と発言。


2008年9月17日、ZEEBRAが音楽活動20周年を記念したベストアルバム『The Anthology』を発売。11月1日には「ZEEBRA 20th Anniversary The Live Animal in BUDOKAN」を開催し、DEV LARGE以外の全員による「証言」等も披露された。10月4日、B.I.G.JOEが2009年の服役終了に先駆け、アルバム『COME CLEAN』を発売。


2009年2月18日、PSGのメンバー、S.L.A.C.K.が『My Space』を発表する。10月9日、東京板橋区のヒップホップグループ、PSGが『David』を発表する。収録曲『かみさま』のMVが話題となる。練マザファッカーのメンバーでCD販売店「BOOT STREET」のアルバイトの男が、同店の店舗にて大麻を売ったとされる大麻譲渡事件に関連し、D.Oが実質的に経営する会社・D.Officeに家宅捜索が入り、練マザファッカーのメンバー・PIT GObが大相撲力士・若麒麟真一と共に大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕され、後にD.Oも麻薬取締法(コカイン所持・使用)違反容疑で逮捕された。この事件は、大相撲力士が逮捕されたこともありテレビなどのメディアで大きく取り上げられ、D.OやPIT GObも写真付きで報道された。彼らが大麻の使用や麻薬の売買などの犯罪行為を歌う、所謂ギャングスタ・ラッパーだった事もあり、メディアからのバッシングを受けた。


SEEDAとOKIがTERIYAKI BOYZへのディスソングを発表。その後TERIYAKI BOYZに属するVERBALが自身のポッドキャスト番組にSEEDAを招き、話し合いが行われた。さらに、MSCのGUNNIESがSEEDAに対するディスソングを発表。これに対しSEEDAもブログでアンサーソングを発表した。この一連のビーフをSEEDA#TERIYAKI BEEFと呼ぶ。Amebreakはこれを「一連のディス曲に関する是非はともかく、日本語ラップに関するビーフがここまでスピーディに展開するようになったのは特筆すべき事実」とした。


Da.Me.Recordsに所属していたCOMA-CHI、TARO SOUL、KEN THE 390がそれぞれメジャーデビューする。KEN THE 390は青山テルマと「届けたい… feat.KEN THE 390/このまま ずっと」で共演し、「ミュージックステーション」にも出演する。7月15日、新潟のHilcrhymeがシングル「純也と真菜実」でUNIVERSAL MUSICよりメジャーデビュー。9月30日には2枚目のシングル「春夏秋冬」を発売し、オリコンチャートでデイリー1位を記録。



2010年代前半


2010年4月2日、PヴァインBOOKsより「ラップのことば」が出版される。サイプレス上野、宇多丸、般若等、15名のラッパーへのインタビューが収録された。後に「ラップのことば #ラップのことば2|ラップのことば2」が発売される。7月14日、DJ HAZIMEによるMix CD『Manhattan Records The Exclusives Japanese Hip Hop Hits』が発売する。KREVA、DABO、ANARCKYによるコラボ曲『I REP』を収録。プロデュースはBach Logic。8月4日、神奈川県藤沢市のDINARY DELTA FORCEが1枚目のアルバム『SOUNDTRACK TO THE BEDTOWN』を発売する。10月20日、R-RATED RECORDSよりSKI BEATZプロデュースのコンプレーションアルバム『24 HOUR KARATE SCHOOL JAPAN』が発売される。本作の収録曲「24 BARS TO KILL」は、SKY-HIの「96 Bars To Kill」をはじめ、様々なアーティストによるリミックスがYouTube上にアップされた。


2011年1月26日、名古屋のAK-69が『THE RED MAGIC』を発表する。アルバムの累計売上枚数は5万枚以上を突破。2月26日、KAMINARI-KAZOKU.がシングル「2U」を発売。不祥事により音楽活動からの引退を宣言していたメンバーYOU THE ROCK★へのメッセージソングである。4月30日、キングギドラが9年振りに再結成し、大阪城野外音楽堂で開催された東北地方太平洋沖地震チャリティーライブ「KEEP YOUR HEADS UP!」に出演する。6月8日、グループ名の表記をKGDRに変更し、東北地方太平洋沖地震チャリーティーソング「アポカリプス ナウ」を配信。6月2日、PSGのS.L.A.C.K、下北沢のDOWN NORTH CAMPに所属するISSUGI、BUDAMUNKからなるSICK TEAMがJazzy Sportsよりアルバムを発表する。国外からILLA J、DILATED PEOPLESのEVIDENCEが参加している。名古屋のHOME MADE家族が『AKATUKI』を発表する。オリコンチャート最高24位をマークする。11月11日、神奈川県で結成され、ハーフのメンバーを多く擁するSIMI LABが『Page 1 : ANATOMY OF INSANE』を発表する。その特異な音楽性はジャズミュージシャンの菊地成孔にも評価される。MACCHOのソロユニットとなっていたOZROSAURUSにDJ SN-Zが加入。同時にEMIミュージック・ジャパンと契約し、メジャーでの活動を再開する。


2012年3月7日、SALUが1枚目のアルバム『IN MY SHOES』を発売。5月30日、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDが「"NITRO MICROPHONE UNDERGROUND" LIVE DVD 10-11」の発売を最後に活動を休止する。7月14日、TBS系列で放送された「CDTVスペシャル!夏フェス2012」にRHYMESTERが出演し、地上波で初めてライブを披露する。7月23日、お笑い芸人の小籔千豊とヒップホップMCでもある俳優の真木蔵人がMCを務めるBSスカパー!のバラエティー番組「BAZOOKA!!!」で第1回高校生RAP選手権が放送される。審査員はZeebra、DABO、SIMONが担当。以後、番組コーナーのシリーズとして制作され、第3回以降は番組のイベントとして開催。イベント内では日本のヒップホップアーティストがライブゲストとして呼ばれ、ライブも行っている。9月5日、AKLOがソロとして1枚目のアルバム『THE PACKAGE』を発売。


2013年2月12日、東京の3人組ユニット、Fla$hBackSが『FL$8KS』が発表する。新世代として注目される。その後、メンバーのソロアルバムが発売。Febbのアルバムに関してはD.Lが「ここ10年で最高のラップアルバム」と評価している。4月26日、風営法問題を取り扱う「クラブとクラブカルチャーを守る会」が発足。ZEEBRA、ダースレイダー、須永辰緒らがメンバーとして参加。渋谷区円山町の清掃活動を定期的に行っている。5月30日、ラッパーのKOHHがタレントの高田純次をテーマにした曲、『JUNJI TAKADA』をYouTubeにて発表。話題となり、高田純次本人のラジオ『高田純次 毎日がパラダイス』でも取り上げられる。8月7日、AAAのSKY-HIがavex traxよりシングル「愛ブルーム/RULE」を発売し、メジャーデビュー。同年のB-BOY PARKにも出演。10月17日、渋谷 clubasiaでMAKI THE MAGIC R.I.P PARTY『MAGIC FOREVER』が開催される。CQとDEV LARGEによる「人間発電所」や、RHYMESTERによる「B-BOYイズム」などが披露された。もともとDEV LARGEの出演予定はながったが、イベント前に偶然会ったK DUB SHINEに誘われ、急遽出演することとなった。この2人はかつてビーフ騒動があったが、この日を機に和解している。アーティスト活動25周年を迎えたZeebraが、11月20日に8thアルバム『25 To Life』、12月25日に過去の客演作品を収録したボックス『100 Feat. 〜 Zeebra 25th Anniversary Box 〜』を発売。12月30日、妄走族が新曲「塗りつぶせ」を発表し、活動を再開。


2014年、avexがヒップホップ専門レーベル「CLOUD 9 CLIQUE」を設立。ANARCHYが第1弾アーティストとして契約を結び、メジャーデビュー。ZeebraがEGO、2WIN、SHOW GUN擁する新レーベル「GRAND MASTER」を設立。MC漢率いる「9sari group」と、ダースレイダーが代表に就任した「ブラックスワン」が、「9SARI OFFICE」を新設する。7月、SOUL'd OUTが解散。大阪府出身のR-指定がULTIMATE MC BATTLE2014の大阪予選で5連覇を達成。本戦の全国大会でも優勝を果たし、大会史上初の3連覇を成し遂げる。



2010年代後半


2015年5月4日、D.Lと改名していたDev Largeが逝去。SNSを通じて、OKAMOTO'Sのハマ・オカモト、俳優の浅野忠信、シンガーの清水翔太など、ヒップホップシーンの外からも追悼コメントが発表された。5月10日、お台場野外特設会場にてRHYMESTER主催の野外フェス「人間交差点」が開催。初年度となる2015年はKGDR、スチャダラパーといった同世代のヒップホップグループのほかスガシカオ、10-FEETなどが出演。6月29日、漢 a.k.a GAMIが自身の半生を記した『ヒップホップ・ドリーム』を河出書房新社より刊行する。OZROSAURUSがニューメタルバンド、山嵐などのメンバーが加入し、6人組のバンドとなる。また、「GRAND MASTER」に移籍。8月7日、ラッパーの般若が自身のブログのラップ音源でRHYMESTERの宇多丸をDIS。翌日、宇多丸が自身のラジオ番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」でこの件について触れる。翌週8月14日の般若のブログのラップ音源ではKダブシャインをDISし、翌日8月15日に行われたZeebraが主催する夏フェスイベント「SUMMER BOMB」では出演の時間帯はそれぞれ異なるが、宇多丸、Kダブシャイン、般若が揃い踏みした[10]。Kダブシャインは録音された般若に対するアンサーソングを披露し、般若はKダブシャインに宛てた手紙を朗読した。9月30日深夜、テレビ朝日系列からフリースタイルバトルをテーマにした番組「フリースタイルダンジョン」が放映開始。般若、漢 a.k.a. GAMI、サイプレス上野、R-指定、T-PABLOWと出場者が対戦する。MCはZEEBRA、進行はUZIが勤める。審査員はいとうせいこう等らが参加。番組のテーマ曲はSKY-HIが出掛けている。10月14日、THA BLUE HERBのtha BOSSが、自身初となるソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』を発売する。客演としてB.I.G.JOE、BUPPON、ELIAS、YOU THE ROCK★、YUKSTA-ILL、田我流(stillichimiya)らが参加。なお、かつてTHA BLUE HERBの楽曲『Sweet Little Dis』でYOU THE ROCK★をDisしていたが、今回初の共演となった。


2016年5月18日深夜、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」の番組内で般若がKREVAに名指しで宣戦布告をする[11]。6月8日、KREVAがLINE LIVEで放送されている番組「さしめし」に出演し、番組内にて披露した未公開のラップが般若に対するアンサーソングじゃないかと推測されたが、本人が自身のtwitterで否定すると当時にフリースタイルダンジョンへの出演は今後ないことを断言した[12]


6月4日と5日、JR新宿駅東口の駅前で無料の屋外ヒップホップイベント「TOHYO CYPHER」を開催。このイベントは2016年夏より施行される18歳選挙権の周知キャンペーンとして、東京都選挙管理委員会が行っている「TOHYO都」の一環として企画された。進行をUZIが務め、般若、KEN THE 390、ACE、サイプレス上野とロベルト吉野、鎮座DOPENESSなどが出演。ライブの他MCバトルなども行われた[13]


HOME MADE 家族が2016年内をもって、無期限活動休止を発表。


2017年3月29日にラッパ我リヤが8年ぶりにアルバム「ULTRA HARD」を発売。収録曲「 my way」でDragon Ashの降矢建志(kj)と17年ぶりにコラボし話題を呼ぶ。6月16日放送の音楽番組「ミュージックステーション」に、「フリースタイルダンジョン」に出演するCHICO CARLITO、DOTAMA、T-PABLOW、R-指定、サイプレス上野、漢 a.k.a GAMI、般若が「Dungeon Monsters」として出演し、番組のトリを飾った。「フリースタイルダンジョン」の司会を務めるZeebraも出演し、歌唱前のトークでは同番組とフリースタイルバトルの盛り上がりをタモリに説明した。第一線で活躍するラッパーが集結し、「ミュージックステーション」のトリを飾ったこの出演は「ヒップホップに新たな歴史」[14]、「革命的な放送」[15]と音楽メディアに好意的に取り上げられた。


ファンタ、ケンタッキー、氷結など、コマーシャルでラップを起用する企業が増える。ZIP!やスッキリ!!、ニュース シブ5時などの情報番組でも日本でのラップブームとして特集された。フリースタイルラップが再注目されるなど、雑誌メディアにも取り上げられた[16]


2017年6月18日、2004年を最後に活動を休止していたKICK THE CAN CREWが14年ぶりの新楽曲「千%」を公開、併せて同じく14年ぶりのニューアルバムの発売、更には日本武道館での「復活祭」の開催及び13年ぶりの全国ツアーも開催した。


2018年1月15日、UZIが東京都内の自宅で乾燥大麻600グラムを所持していた疑いで大麻取締法違反で現行犯逮捕されていたことが発覚。出演していた1月17日未明(16日深夜)放送のテレビ朝日『フリースタイルダンジョン』は地上波分については総集編に差し替えられ、インターネットテレビ放送『AbemaTV』での配信が中止に。その後5月22日に東京地方裁判所は懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役3年)の有罪判決を言い渡した。



代表的なアーティスト



日本武道館


これまでに日本武道館で単独のコンサートを行った日本のヒップホップアーティスト一覧。




  • RIP SLYME (2002年7月25日、2004年に3DAYS公演、2008年に3DAYS公演、2009年に2DAYS公演、2011年に2DAYS公演)


  • KICK THE CAN CREW (2002年11月30日、2018年9月1日)


  • m-flo (2005年11月2日)


  • KREVA (2006年4月28日、2010年10月13日&14日、2014年9月7日)


  • RHYMESTER (2007年3月31日)


  • SOUL'd OUT (2007年4月27日)


  • SEAMO (2008年1月20日)


  • ZEEBRA (2008年11月1日)


  • HOME MADE 家族 (2009年1月11日)


  • AK-69 (2014年3月5日、2017年10月18日)


  • Hilcrhyme (2014年10月14日)


  • SKY-HI (2017年5月2日・3日に単独2DAYS公演)


  • BAD HOP (2018年11月13日)


  • 般若 (2019年1月11日)



NHK紅白歌合戦


これまでに『NHK紅白歌合戦』に出演した日本のヒップホップアーティスト一覧。




  • EAST END×YURI (1995年12月31日)


  • KICK THE CAN CREW (2002年12月31日)


  • nobodyknows+ (2004年12月31日)


  • m-flo loves Akiko Wada(2005年12月31日)


  • SEAMO (2006年12月31日)



MC




DJ




ダンサー



  • ENGIN

  • SHOW GUN



グラフィティライター



  • 鬼頭

  • TABOO1

  • YOTTY



ビートメイカー




ヒューマンビートボクサー




日本のヒップホップレーベル































































































































































































































































レーベル
代表
所属アーティスト
過去の所属アーティスト
備考

CONNECTONE
高木亮

RHYMESTER
SANABAGUN.


JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント内レーベル
cutting edge



SHAKKAZOMBIE
BUDDHA BRAND
K DUB SHINE
YOU THE ROCK★
DJ YUTAKA
MICADELIC
DELI
MIC BANDITZ
INDEMORAL
Heartsdales
XBS
AQUARIUS
DJ HAZIME
MURO
JHETT a.k.a.YAKKO for AQUARIUS
TEAM 44 BLOX
ASIAN2
SoulJa
ECD

エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ内レーベル
Major Force

藤原ヒロシ
高木完
屋敷豪太
工藤昌之
中西俊夫
藤原ヒロシ
高木完
屋敷豪太
工藤昌之
中西俊夫

ファイルレコード内レーベル
EL DORADO RECORDS

DEV LARGE


SUIKEN
LUNCH TIME SPEAX
G.K.MARYAN
Flick
Fusion Core


Def Jam Recordings


AK-69
SWAY

DABO
S-WORD
SPHERE of INFLUENCE
TOKONA-X
TERIYAKI BOYZ
SoulJa

ユニバーサルミュージック (日本)傘下のレーベル。
THA BLUE HERB RECORDINGS

ザ ブルーハーブ



BLACK SMOKER RECORDS

THINK TANK



dogear Records
Mr.PUG

MONJU(仙人掌、ISSUGI、Mr.PUG、16FLIP)
HAKUCHUMU
QROIX
TAMU
KID FRESINO
OYG
BudaMunk
DJ SCRATCH NICE
DJ YODEL
CENJU


5lack


Libra Records
西原慶祐
YAMAZIN
AXIS

MSC
SHINGO☆西成
R-指定
晋平太

Jazzy Sport
小林雅也 (Masaya Fantasista)
GAGLE
STAX GROOVE
grooveman Spot
cro-magnon
有坂美香
BudaMunk
三宅洋平



Da.Me.Records

ダースレイダー


環ROY
KEN THE 390
TARO SOUL
COMA-CHI


術ノ穴
Fragment

DOTAMA
泉まくら
MACKA-CHIN
DALLJUB STEP CLUB
エンヤサン
City Your City
ANIMAL HACK
野崎りこん
バクバクドキン
KMC
キリコ
Quviokal

環ROY
空也MC
ogiyy
BOSA2

R-RATED RECORDS
RYUZO
LA BONO CAPO
RUFF NECK
DJ LEAD
GAZZILA
SMITH-CN
THUGMINATI


D.OFFICE

D.O

練マザファッカー


昭和レコード

般若

般若
SHINGO☆西成
ZORN


Gunsmith Production
318
SQUASH SQUAD
KOHH
LIL KOHH

株式会社BM内のレーベル。
YINGYANG PRODUCTION
YINGYANG
ISH-ONE
S7ICK CHICKs
A.M


J.ACE LAVEL
SIMON JAP



DREAM BOY

KEN THE 390
KEN THE 390
Lick-G
YURIKA
KOPERU
KLOOZ

Queen's Room

COMA-CHI



MASTER OG
G-MAN

UZI


CLOUD 9 CLiQUE


ANARCHY


エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ内のヒップホップ専門レーベル。

GRAND MASTER

Zeebra
ZEEBRA
EGO
2WIN
SHOW GUN
OZROSAURUS


9SARI GROUP

漢 a.k.a GAMI
漢 a.k.a GAMI
MASTER
D.O
HI-BULLET
DOGMA
LORD 8ERZ


株式会社鎖グループ内のレーベル。
BLACK SWAN
佐藤将(2011〜2014)
ダースレイダー(2014〜)
ダースレイダー
PONY
LIBRO
MSC
GOKU GREEN
設立者である佐藤の死後、株式会社鎖グループ内のレーベルとなる。
FOREMAN
DJ 琥珀


株式会社鎖グループ内のミックスレーベル。
FEEL NO PAIN

DABO
JHETT a.k.a.YAKKO for AQUARIUS
DJ SAAT



starplayers Records

RHYMESTER
RHYMESTER


JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント内のレーベル。
THE FOREFRONT RECORDS

Y'S
BIG-T
十影
KUTS DA COYOTE


FLY BOY RECORDS
KOWICHI
YOUNG HASTLE
DJ TY-KOH
KOWICHI
YOUNG HASTLE
DJ TY-KOH
ZOT on the WAVE
RILY MAFFIA


BULLMOOSE

SKY-HI
SKY-HI
Moro
RAU DEF
NIHA-C

SUMMIT
増田 "takeyan" 岳哉

PSG
PUNPEE
SIMI LAB
THE OTOGIBANASHI'S
BLYY
C.O.S.A.
VaVa

RAU DEF
QN

DRESS RECORDS
TOC



高田音楽制作事務所

5lack
5lack



戦極CAICA
MC正社員
アスベスト
mol53
ACE
田中光




日本のヒップホップに関連するメディア



バラエティ番組




  • おはようスタジオ (1979年 - 1986年、テレビ東京)
    ブレイクダンスの教則ビデオ『HowToBreak Basic』、『HowToBreak Advance』を発表したダンスチーム「ファンキージャム」が1985年にレギュラー出演。



  • 鶴ちゃんのプッツン5 (1985年 - 、日テレ) にDr.TommyがDJ YUTAKAらのHIPHOP CREWと共に「HIPHOP天気予報」でレギュラー出演。


  • 冗談画報 (1985年 - 1989年、フジテレビ)
    いとうせいこう & TINNIE PUNX、President BPM、スチャダラパーが出演。



  • club DADA (1989年6月 - 1992年初頭、テレビ朝日)
    タイトル変遷は「DADA L.M.D」→「GROOVIN' SCENE DADA」→再び「DADA L.M.D」→「club DADA」。



  • 天才・たけしの元気が出るテレビ!! 「ダンス甲子園」 (1990年 - 1991年、日本テレビ)


  • ダンス!ダンス!ダンス! (1990年 - 1991年、フジテレビ)


  • ファンキートマト 「YO!DEE-JAY」 (1991年、テレビ神奈川)
    KRUSH POSSEやGAS BOYSが出演。



  • そんなコロッケな!? (1991年10月17日 - 12月19日、TBS)

    LL BROTHERSが毎回ダンスを披露していた。



  • ハウス・エナジー (1992年、フジテレビ)

  • クラブCHR (1993年4月5日 - 1994年、テレビ神奈川)
    「NYラップトーク」というコーナーがあった。



  • 浅草橋ヤング洋品店 (1994年、テレビ東京)
    「浅ヤンラップのど自慢」のコーナーにKAMINARI-KAZOKU.の前身である雷が登場。


  • 寝ないで××× DJ BATTLE (1996年2月、TBS)
    Bro.KONEやDJ MASTERKEYらが出演。



  • 真夜中の王国 (NHK-BS2)
    日本のヒップホップ特集が組まれた他、ブッダブランドやDJ KRUSHがゲスト出演。



  • とんねるずの生でダラダラいかせて!! (1996年、日本テレビ)

    Bro.KONE、DJ YUTAKA、久保田利伸、素人時代のAI、Grandmaster CAZ、DJ Hollywood、「ROCK STEADY CREW」のダンサーPEE WEE DANCE、「A.S.A.P. PRODUCTIONS」のクルーらが出演。NORI(木梨憲武)とBro.KONEによるヒップホップ演歌『ROMAN 〜HIP HOP REMIX〜』を制作。


  • MTV Jams (MTVジャパン)


  • Gパラダイス・RAVE2001 (1998年4月 - 2000年9月、テレビ東京) 2001年1月2日にもスペシャル版が放送された。

  • FUTURE TRACKS (1998年4月 - 2002年3月、テレビ朝日)


  • Bの流派 (2000年10月6日 - 2001年3月30日、テレビ東京)


  • 流派-R (2001年4月6日 - 2013年3月29日、テレビ東京)

  • MTV屋台!(2002年 - 2004年、MTVジャパン)


  • 少年チャンプル (2004年4月6日 - 2005年7月5日、中京テレビ)

  • FUTURE TRACKS→R (2006年4月6日 - 2011年12月22日、テレビ朝日)


  • NIGHT CRUISING (2006年4月7日 - 2011年3月25日、テレビ大阪)
    DJ BENKAYによる初の関西発信のHIP HOP番組



  • スーパーチャンプル (2006年10月4日 - 2009年3月25日、中京テレビ)


  • シュガーヒルストリート (2006年10月5日 - 2007年3月29日、日本テレビ) ZEEBRAが司会

  • DANCE IN OSAKA (2007年4月15日 - 同年?月、サンテレビ)


  • DANCE@TV (2009年10月 - 2014年3月25日、テレビ東京)


  • B-TRIBE TV (2010年1月7日 - 、KBS京都)

  • ヒップホップ・ジェネレーション 〜新世代J-RAPの息吹〜 (2011年4月2日、テレビ朝日)

  • おはYo・Hiテンション! (2012年4月1日 - 2015年1月25日、千葉テレビ)


  • Eダンスアカデミー (2012年8月24日 - 、NHK教育テレビジョン)


  • 踊RI場 (2012年10月7日 - 2013年3月31日、テレビ東京)


  • 超流派 (2013年4月5日 - 2017年3月31日、テレビ東京)


  • ごちそんぐDJ (2014年3月 - 、NHK Eテレ)


  • フリースタイルダンジョン (2015年9月29日 - 、テレビ朝日)
    メインMC&オーガナイザー:ZEEBRA、進行&ナレーション:UZI。



  • レペゼンLOCAL 〜地方創生×HIPHOP〜 (2016年12月 - 、TBS系列・JNN系列)

  • ミュートマ2 wed (2017年4月5日 - 、テレビ神奈川) 毎週水曜がヒップホップ特集


  • 流派-R SINCE2001 (2017年4月7日 - 、テレビ東京)


  • ヤングラップバトル 〜Bring The Beat!〜(2018年9月28日、NHK)



テレビドラマ



  • SR サイタマノラッパー 〜マイクの細道〜 (2017年4月7日 - 6月23日、テレビ東京)


ラジオ




  • MARUI 24CLUB (1986年、FM横浜)

  • HIP HOP NIGHT FLIGHT (1995年9月17日 - 1998年5月、TOKYO FM)
    パーソナリティはYOU THE ROCK★。


  • Hip Hop Journey -Da Cypher- (1997年4月5日 - 2002年3月30日、J-WAVE)
    パーソナリティはRIKO。


  • SOUL TRAIN (1999年4月 - 2005年9月30日、J-WAVE)
    パーソナリティはMC RYU。


  • YOU THE ROCK★のザ・プロフェッショナルエンターテイナー (1999年10月 - 2002年9月23日、TOKYO FM)

  • BEATS TO THE RHYME (1999年10月 - 2002年9月24日、TFM系全国27局ネット)
    パーソナリティはZEEBRAとDJ KEN-BO。




雑誌



  • blast (旧名:FRONT。1994年10月号 - 2007年5月号、シンコー・ミュージック・エンタテイメント)


映画




  • ビッグマグナム 黒岩先生 (1984年)

    Dr.Tommy率いるB-5 Crewがブレイクダンスシーンに登場。



  • もうひとつの原宿物語 (1990年、SAMが出演)

  • 中指姫 俺たちゃどうなる? (1993年、主演:バブルガム・ブラザーズ)

  • ハートブレイカー 〜 弾丸より愛を込めて (1993年)

    ダイアモンド・ユカイ他、博多や広島など西日本のダンスチームが出演し、オール博多ロケを敢行[17][18][19]。本作は当時の様々なストリートダンスをふんだんに散りばめて、ダンスバトルなどのヒップポップ・カルチャーの生の姿を撮影した[18]。また日本語でヒップポップを踊る"ということを明確に目標に掲げで制作されており、"ヒップポップの日本化"の先駆けとなった[18]。大ヒットには到らなかったものの"音楽ダンス映画"というジャンルを築いた[18]。本作は、その後ストリートダンス界でカルト映画化し、日本のダンサーは勿論、アンダーグランドであるアジアのストリートダンサーたちから熱い支持を受けた[18]


  • 'hood (1998年8月22日、日活)

  • TOKYO G.P. (2001年)

    ZEEBRAが主演したアクション映画。監督は『ヌードの夜』『GONIN』などの石井隆。


  • 3on3 (2003年、主演:ラッパ我リヤ)

  • KAIKOO/邂逅 (2005年、監修:DJ BAKU)
    東京のインディペンデントシーンを追ったドキュメンタリー映画。


  • TKO HIPHOP (2005年10月1日、アートポート)


  • チェケラッチョ!! (2006年4月22日、東宝)


  • SR サイタマノラッパーシリーズ (2009年、2010年、2012年)
    地方のラッパーを題材にした作品。RHYMESTERの宇多丸が自身のラジオ番組『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』内の映画批評コーナー「ザ・シネマ・ハスラー」で年間ベスト1位に選んだ。


  • スリー☆ポイント 京都編 (2011年5月14日、監督:山本政志)


  • TOKYO TRIBE (2014年)
    全編ラップがメインのミュージカル風になっており、主演のYOUNG DAISを筆頭にKOHH、D.O、漢 a.k.a. GAMIなどの多くのラッパーが出演した。


  • DANCHI NO YUME (2014年)
    2007年から2008年のANARCHYの活動を追ったドキュメンタリー映画。


  • THE COCKPIT (2015年5月30日)



関連項目



  • さんピンCAMP

  • B BOY PARK

  • ULTIMATE MC BATTLE

  • 亡くなったヒップホップ関連人物一覧



脚注




  1. ^ “フラッシュダンス:作品情報”. 映画.com. 2016年3月20日閲覧。


  2. ^ Kiwamu Omae (2015年3月17日). “今、HIPHOP映画『ワイルド・スタイル』を観るべき3つのワケ”. Qetic. p. 3. 2016年3月19日閲覧。


  3. ^ 駒井憲嗣 (2015年3月28日). “K DUB SHINE「『ワイルド・スタイル』はヒップホップというアートの博物館」”. webDICE. 2016年3月19日閲覧。


  4. ^ “ブレイクダンス:作品情報”. 映画.com. 2016年3月20日閲覧。


  5. ^ twitter K.U.D.O 2011年6月24日


  6. ^ 渡辺祐『ラップのことば』P-Vine Books刊、2010年4月2日発行(254ページ)


  7. ^ 萩原健太 「日本語ラップの元祖、いとうせいこう復活。生演奏をバックに鋭い言葉遊びの世界を。 MCハマーより早かった!?菊地正夫の説教ラップ。」『萩原健太のポップス スクラップブック』 主婦の友社、2014年、96-98、213-215頁。ISBN 4-07-214669-2。


  8. ^ 帆苅智之 (2016年10月5日). “『建設的』に見る日本語ラップ、ヒップホップの夜明けと、多くのフォロワーを生み出した、いとうせいこうのマルチな才能”. OK MUSIC/JAPAN MUSIC NETWORK, Inc.. 2019年1月4日閲覧。

  9. ^ abc「和製ラップ ヒット続々」『日本経済新聞』1995年2月7日付夕刊、8頁。


  10. ^ 宇多丸はRHYMESTER、KダブシャインはKGDRとして出演。


  11. ^ “般若がKREVAに突然の宣戦布告「フリースタイルダンジョン」”. KAI-YOU. 2016年6月10日閲覧。


  12. ^ “KREVAが般若へのアンサー曲を披露か 追記:本人が否定、フリースタイルダンジョンにも一生出ない”. KAI-YOU. 2016年6月10日閲覧。


  13. ^ “【動画】般若らラッパーが新宿駅前で叫ぶ 東京都×ヒップホップは異質なのか?”. KAI-YOU. 2016年6月10日閲覧。


  14. ^ “ラッパー7人が「Mステ」に生出演! 般若が関ジャニと肩を組むシーンも”. KAI-YOU. (2017年6月16日). http://kai-you.net/article/42330 2017年6月19日閲覧。 


  15. ^ “Dungeon Monstersがラップブームを再び巻き起こす。『Mステ』で叩きつけた強烈な存在感”. ロッキング・オン. (2017年6月18日). https://rockinon.com/news/detail/162425 2017年6月19日閲覧。 


  16. ^ “フリースタイルラップが大ブーム! “ラップバブル”に至るまでの経緯を一挙におさらい”. 日刊SPA!. (2016年11月17日). https://nikkan-spa.jp/1234141 2017年1月24日閲覧。 


  17. ^ 小松壮一郎(こまつ そういちろう)(会員名鑑 - 日本映画監督協会 - Directors Guild of Japan)

  18. ^ abcde平山雄一『弱虫のロック論 -GOOD CRITIC-』角川書店、2013年、pp. 150-153


  19. ^ 小松壮一郎(m.c.A・Tオフィシャルブログ、2008年7月30日)、この曲!#1 Bomb A Head!(m.c.A・Tオフィシャルブログ、2010年6月1日





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