象牙







この項目に含まれる文字は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。



全形象牙。ほぼ全ての国で取引が禁止されているが、日本では自宅の押し入れや床の間から出てきた「押し入れ象牙」「床の間象牙」などの名目で流通しており、新作の根付や印鑑など幅広く活用されている




象牙を持つアフリカゾウ




アフリカゾウの骨格




フランス、抱擁する聖母が彫られた象牙製の聖櫃




象牙柄の短剣


象牙(ぞうげ)とはゾウの長大に発達した切歯(門歯)である。




目次






  • 1 概要


  • 2 代用品


  • 3 象牙の生物学


    • 3.1 象牙の生理


    • 3.2 象牙の適応的意義




  • 4 用途


    • 4.1 工芸


      • 4.1.1 印章の高級素材としての象牙


      • 4.1.2 刃装具としての象牙


      • 4.1.3 楽器部品としての象牙




    • 4.2




  • 5 象牙の歴史


    • 5.1 世界


    • 5.2 日本




  • 6 手入れの方法


  • 7 象牙貿易の禁止と各国の対応


    • 7.1 アフリカ諸国の問題


    • 7.2 象牙の消費国の問題


    • 7.3 世界各国の対応


    • 7.4 日本の問題


    • 7.5 対策


    • 7.6 象牙取引の再開に向けた動き




  • 8 脚注


  • 9 参考文献


  • 10 関連語


  • 11 関連用語





概要




多くの国で取引が禁止されているが、イギリスでは取引が許可される「アンティーク象牙」の例、根付(正利・作、1880年代)。イギリスのベストセラー『琥珀の目の兎』(2010年)のモチーフにも使われた


多くの哺乳類の「牙」と称される長く尖った歯は犬歯が発達したものであるが、ゾウの牙は門歯が発達したものである点が異なる。ゾウの生活において象牙は鼻とともに採餌活動などに重要な役割を果たしている。材質が美しく加工も容易であるため、古来工芸品の素材として珍重されていた。


象牙を取得するために象が殺され、20世紀後半には生息数が減少して絶滅が危惧される状況となっているので、問題となっている。1989年の絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(通称:ワシントン条約)によって、象牙製品なども含め国際取引は原則禁止とされており、日本を除くほとんどの国々では国内取引も禁止されているが、アフリカ諸国では政治の腐敗などにより密猟や密輸による非合法な流通が存在するとされ、問題となっている[1]。2016年の時点では、アフリカにいる全個体から象牙を収穫しても、世界の需要の1/3から1/6くらいしか満たせない計算で、日本以外では象牙は「持続可能な資源」とは考えられていない。



代用品


動物系代用品:代用品とされた動物にも絶滅の恐れがあり、ほとんどがワシントン条約で国際取引が禁止されている。



  • マンモス牙[2][3]:ロシアの永久凍土の下に埋もれたマンモスの化石を利用する。象などの動物の牙を使うと絶滅する恐れがあるために問題となっているが、マンモスはすでに絶滅しているのでそのような心配がなく、牙の取引も合法である。ただし、マンモスの化石の発見が年々困難になってきている。また、象牙をマンモスの牙と偽って合法的に密輸・販売するケースがあり、問題となっている。


  • カバ (河馬牙)[3]


  • 鯨 (鯨歯)[3]


  • セイウチ (セイウチ牙)[3]


  • イッカク (イッカク角) - 歯が変化した角[3]


  • 水牛の角[3]


  • シカの角 - ワシントン条約で規制されているシカも多いが、日本に多く住むニホンジカは規制されていない。ただし、ニホンジカの角は中間がスポンジ状になっているなど扱いが難しく、印鑑の機械彫り用の印材としては想定されておらず、職人による手彫りになるため、ほとんど扱われていない。


人工品



  • セルロイド:1856年に不足しがちであった象牙の代用品として開発された[4]


  • 水酸燐灰石 (ハイドロキシアパタイト) - 研究において気孔率0%のペレットが象牙の代わりに使われている[5]。また、三井東圧化学 (現三井化学)が、ハイドロキシアパタイトを使用した人工象牙の特許を出願している[6]

  • カゼインプラスチック


    • ガラリス(英語版)-牛乳に含まれるカゼイン蛋白にホルムアルデヒドを合成したプラスチック。シャネルの大衆向けドレスの装飾、カスタムジュエリー(象牙、サンゴ、真珠の模造品)としてもてはやされた。安価であったが、成形できず切削によって造形する必要があったため、1960年頃には使用されなくなった。1930年ごろには象牙の代わりとしてピアノの白鍵や傘の持ち手に使用された[7][8]

    • ラクト材-近年では、象牙と全く同じ質感のある素材をカゼイン蛋白と酸化チタン粉末から作ることが可能で、市場で安価に出回っている象牙風の彫刻はたいていこれである。

    • 人工象牙を台所で自作することも可能である。白色顔料や陶芸の釉薬などとして画材屋で販売されている酸化チタン、牛乳(カゼイン)、玉子(殻に炭酸カルシウムが含まれる)をミキサーで混ぜ、オーブンでチンして完成。これは「越前の発明王」こと酒井弥が発明したレシピである。





象牙の生物学



象牙の生理







象牙の適応的意義







用途



工芸


適度に吸湿性があって手になじみやすく、材質が硬すぎず・柔らか過ぎず(モース硬度2.5)、加工性も金属や水晶や大理石・翡翠などより優れている。



印章の高級素材としての象牙


朱肉の馴染みがきわめてよく、高級感もある事から、印章が契約や公式書類では欠かせない日本においては、ワシントン条約締結までは一番の輸入大国であった。取引停止後は、条約施行前や一時解禁時に輸入された象牙が印材として加工されているほか、各種の代替品が利用される。


印材としての象牙でも部位によってランクがある。安物は表面近くの筋が多く入っている物。先端に行くほど、中心に位置するほど貴重な物とされる。通常は木材と同じく縦目に切削されるが、側面から見て年輪のように模様が出る横目印材もある。特徴のある文様だが、木材と同じように強度は縦目の物には劣る。



刃装具としての象牙




刃物職人組合の看板に掲げられているエレファント & キャッスルの看板


象牙は刃装具として古くから利用されていることから、イギリスの刃物職人組合である「Worshipful Company of Cutlers」の紋章には象と城が使用されている[9]



楽器部品としての象牙


三味線の撥として適度な弾力、掌の湿度を吸収することにより手との馴染みが良いこと、舞台映えの良さなどで多くの三味線音楽分野において最高の素材とされている。代替品として木や合成樹脂製のものも普及しているが、いまだ象牙を超える素材が見つかっていない。箏の爪についても同様である。この他箏の柱(じ・現在では一般的にほとんど合成樹脂製)、三味線の駒(三味線音楽の種目により象牙を使用しないものもある)においても象牙の優れた性質に勝るものがないのが現状である。更に紫檀や黒檀などの唐木との色彩対比が美しいことから、それらと組み合わせて箏や琵琶の部分的な装飾にもしばしば使用されるが現在は次第に使われなくなる傾向にある。また三味線、ギターやリュートのナット(上駒)、三味線やリュート、ヴィオールなどの糸巻(ペグ)、弦楽器の弓のチップにも使用される。音色への影響もあるが、主に見た目の美しさで選ばれることが多い。


古くからピアノの白鍵に貼られてきたが、象牙の入手が困難になる前からより安価なアクリル樹脂が用いられていた。象牙の入手が困難となった現在ではアクリル樹脂に加えて、象牙に似た特性を持つ人工象牙など演奏しやすいものが開発されて鍵盤に使われるようになった。ただし現在でも一部のフルコンサートグランドピアノなどの鍵盤部には、本物の象牙が使われている。





象牙は、漢方薬として肝臓がんの治療に使われる[10]



象牙屑(ぞうげしょう)


漢方薬の原料。象の牙を粉にしたもの。粉末を加工して"練り象牙"も製造する。

効能:解熱・精神安定、解毒、筋肉増強、癇癪、痙攣、寝汗、喉の腫れ、痔瘻[11]



象牙の歴史



世界


象牙は古くから、密度が高く切削加工しやすい素材として珍重された。ヨーロッパの旧石器時代の遺物には、マンモスの牙に人や動物の像を刻み、投槍器のような道具を製作した例が多数ある[12]。紀元前5世紀には、古代ギリシアの彫刻家ペイディアスによって象牙から彫られた女神アテーナー像がパルテノン神殿に飾られていた[13]。イスラム圏では、イスラム美術の複雑な幾何学パターンを彫るのに非常に適していた事や、インドやアフリカとのアクセスのしやすさ等から、ヨーロッパより不自由することなく大きな象牙製品が作られた[14][15]


特にその重量感と温かい風合いは多くの人に好まれる所で、ピアノの鍵の代名詞でもありビリヤードの流行の際にはビリヤードボールを象牙で作ることが一般的であった。しかしこの素材は高価で、また乱獲により得がたくなってきたことからこれに代わる素材の開発が求められ、19世紀に入ってセルロイドが発明された。


象牙の国際取引を禁止するワシントン条約が発効した1989年以後、多くの国では象牙の国内取引も禁止された。それ以後もアジア諸国では根強い需要があったが、2017年の中国市場の閉鎖、2021年の香港市場の閉鎖をもって、日本以外での象牙の歴史は終了する予定。



日本




象牙を掘る工芸家(1907年、東京、ハーバート・ポンティング撮影)


古代には正倉院宝物となっている工芸品「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」[16]などの素材として用いられており、珊瑚(サンゴ)や鼈甲(ベッコウ)に並んで珍重されたことがうかがえる[17]


その後、象牙工芸品はしばらく姿を消すが、鎌倉・室町時代には日本に象牙の流入があったことが確認できる。主たる輸入先は中国・東南アジアである。だが古代には南部には相当数いたとされている中国の象も唐の時代にはほぼ絶滅したと言われており、もっぱら東南アジアから中国を経由して日本に入ってくるルートが用いられた。


『室町殿行幸御飾記』によると、足利将軍家には象牙製の棚や卓があり、筆や筆刀、菓子の器などにも象牙が用いられていた。三味線のバチも象牙で作られ、茶道具でも茶杓や掛け軸の軸に使われた。特に茶入の蓋、牙蓋は特異な使われ方をしている。茶入と牙蓋とのバランスが重視され、傷や古さが逆に評価されることもあった。蓋に生ずる傷を「巣」と総称し、これを一種の風景や文様のように扱い、茶入と組み合わせて生ずる人工的な風景を、自然の風景に見立てた。


江戸時代には象牙工芸は高度な発展を見せ、根付や印籠などの工芸品に優品が存在する。明治時代に入ると殖産興業の一環として工芸品の輸出が奨励され、牙彫分野においても特に高度な技巧を凝らした優品は国際博覧会に出展された。また象牙の輸入量が増えると糸巻の高級品に象牙が使用され、さらに象牙の置物も広く珍重されるようになった。大正・昭和に入ると西欧のパイプ喫煙文化が導入され、パイプが主な象牙製工芸品となった。この頃には仏師など西洋化によって仕事の減った職人が象牙加工業に進出するようにもなっていった。


これらの伝統的象牙工芸品は明治維新以降のイギリスを中心とした海外交易(主に緑茶の輸出)の際や、第二次世界大戦後のアメリカ進駐軍が根付や印籠のユニークなデザインや精巧な加工に目を付けるなどしたことで、数多くの工芸品が海外に流出し、特に江戸時代から明治時代にかけての芸術性の高い根付や煙管などが有名美術館で多数展示されている。イギリスなど欧米にはこれら根付のコレクター市場がある程で、特に英国ヴィクトリア&アルバート博物館に展示されている根付コレクションは有名である。また近年では清水三年坂美術館が幕末から明治にかけての牙彫を含んだ様々な分野の工芸品の優品を海外から積極的に買い戻しており、日本国内においても注目が高まってきている。


高度成長期の日本ではサラリーマンが増え、高額商品の分割払い(ローン)購入も普及し、象牙製実印の需要が飛躍的に伸た。輸入された象牙消費の9割が印鑑に加工される時代があった。


彫刻師では旭玉山(1843-1923)、石川光明(1852-1913)、安藤緑山 (1885?-1955)、菊地互道 (1887-1967) 等、有名な人物が居た。今日では象牙の彫刻師は需要の減少と高齢化が進み、現在は東京や京都に数えるほどの人数しか存在しない。菊地互道の作品は東京国立博物館に数点互道の息子(菊地敏夫)により寄贈されている。また安藤緑山の作品は、インターネット[18]で閲覧可能である。


このほか、象牙や象牙製美術・工芸品に重点を置いた展示施設として「象牙彫刻美術館」(山梨県甲府市)[19]や「象牙と石の彫刻美術館」(静岡県伊東市)[20]がある。


象牙の国際取引を禁止するワシントン条約が発効した1989年以後、多くの国では象牙の国内取引も禁止されたが、日本には印鑑業界を中心とする根強い需要があるため、2016年現在も象牙市場が存在する。ワシントン条約締約国会議と国際自然保護連合から、日本の象牙市場の早期の閉鎖を勧告されている。


1989年以降の日本の象牙市場は、ワシントン条約発効前に輸入された象牙を合法的に利用しているという建前だが、現実は密輸や違法取引が横行している。2000年代以後にはインターネットを介した象牙の違法取引が急増しており、また違法な象牙を「マンモス牙」などと偽って販売する例もあることから、インターネット印鑑業界最大手のハンコヤドットコムは2016年8月に象牙・マンモス牙を使った印鑑の販売を終了する[21]など、インターネットの象牙印鑑の合法市場の規模も徐々に縮小している。日本の象牙市場の規模は、2016年現在ではピーク時の10%程度となっており、そのうちで印鑑での利用は8割である。



手入れの方法



  • 汚れやほこり等を取る場合、水で洗ったときは水分を乾いた布でふき取り日陰干しする(直射日光を避けること)。

  • 光沢を出したい場合、湿った布でホコリをふきとりその後、研磨剤を含まない光沢剤(ワックス)で磨き布のきれいな部分で軽く乾拭きすると輝きが戻る。

  • 夫婦箸などの黄ばみを取る場合、ふきんを白くする市販の漂白洗剤を倍以上に薄めて数日浸しておくときれいになる。


  • 数珠やネックレス等の黄ばみの場合は洗剤に漬けるとひもの繊維が弱くなり切れやくなるので、布に湿らせて洗剤で拭きとる。



象牙貿易の禁止と各国の対応


1989年のワシントン条約によって、象牙製品なども含め国際取引は原則禁止とされたが、一部のアフリカ諸国では密猟や密輸が容認されており、また一部の先進国でもアンティーク業界や印鑑業界などのロビー活動によって国際取引の再開を望む国もある。象牙をめぐっては、象のいない日本も象牙の主要消費国や密輸仲介国と言う面では当事国の一つである。



アフリカ諸国の問題


象牙は国際取引が原則禁止された後も、アフリカ諸国では密猟が盛んにおこなわれており、問題となっている。アフリカ諸国の間にも、象牙の国際取引の全面禁止を望んでいる国と、全面解禁を望んでいる国があり、対立している[22]


2013年に国連安保理に提出された報告書によれば、アフリカ中部地帯の武装勢力が象牙の密輸を重要な資金源としているとして潘基文事務総長が懸念を表明している。報告書によると2004年から2013年にかけてガボンの国立公園で1万1000頭以上のゾウが殺されている。密猟者は2011年リビア内戦でリビアから流失した強力な武器で武装しており、従来の治安機関では対応が困難であり、カメルーンのように国軍が対応している国もある。


象牙の密猟を容認する一部の国は、象牙を販売することによる利益を得られるものの、一方でそのせいで、アフリカ全土において密猟者に対処するための資金が増大しているという問題がある。そのため、従来は象牙の密猟を容認していたボツワナも、2016年の第17回ワシントン条約締約国会議からは象牙取引反対の立場に回った。第17回ワシントン条約締約国会議が開かれた2016年9月現在、ワシントン条約を締約するアフリカ諸国の中ではナミビア、南アフリカ、ジンバブエの3国が、象牙の国際取引の解禁をワシントン条約締約国会議に要求しており、それ以外のアフリカ諸国28国は象牙取引の全面禁止をワシントン条約の加盟国に要求している。



象牙の消費国の問題


象牙は国際取引が原則禁止された後も、日本やEUには依然として象牙の大きな需要が存在し、違法・合法問わずに活発な取引がなされているので、こちらも問題になっている。ワシントン条約締約国会議の要求により、かつて象牙の大きな市場があった中国は2017年に象牙の国内取引を禁止し、香港政府も2021年までに象牙取引を廃止する方針を発表するなど、2010年代以降に世界各国で象牙の合法市場が閉鎖されているが、日本では2019年の時点でも印鑑を中心とする象牙の合法的な市場が維持されており、今後も閉鎖の予定はなく、逆に象牙の国際取引の全面解禁をワシントン条約締約国会議に要求している。


また、象牙の取引が規制されているEUでも、1947年以前に製造された「アンティーク象牙」と偽ることで象牙加工品を合法的に販売できる抜け穴があり、中でもイギリスは「アンティーク象牙」の大きな市場が存在し、また象牙加工製品の世界最大の輸出国となっている。「象牙取引市場の完全閉鎖」にはワシントン条約締約国会議において4分の3の賛成が必要だが、2016年の第17回ワシントン条約締約国会議ではEUの反対によって3/4に届かず、却下されてしまった[23]


そのため、2019年開催のワシントン条約締約国会議では、ケニアやエチオピアなど9カ国から日本とEUが名指しで非難され、国内取引の禁止を求められている[24]



世界各国の対応


アメリカは、2016年7月に象牙の販売を禁止した。象の密猟は象の絶滅を引き起こすとともに、テロ組織の資金源でもあることから、象牙の禁止は「テロとの戦い」という一面があり、アメリカのオバマ大統領は世界各国に象牙の国内市場の禁止を呼び掛けている[25]


EUでは、フランスは2016年に象牙の販売を禁止した。イギリスでも2016年9月に象牙の取引を大筋で禁止する法案が施行されたが、アンティーク業界のロビー活動の結果、1947年以前に製造された象牙製品(アンティーク象牙)は販売できることになったため、新規に作られた象牙製品を「アンティーク象牙」と主張して販売する抜け穴が指摘され、アフリカ諸国から非難されている。このように、EU各国の足並みはそろっていないが、EUレベルで象牙取引の全面禁止に至る取り組みが2016年より段階的に始まっており、2017年6月にはEU全域における全形象牙の取引が禁止された[26]。イギリスではウィリアム王子が象牙の禁止のために熱心に活動しており、王室財産である1200点の象牙製品(アンティーク象牙)を全て破壊したいと公言している[27]。ウィリアム王子は、第17回ワシントン条約締約国会議でも基調公演を担当した。


中国は2000年代より経済発展が著しく、かつての高度経済成長期の日本と同様に象牙の需要が増しており、この需要を満たすためにアフリカで象の密猟が増加していた[28]。環境保護団体の環境調査エージェンシー(英語版)によれば、2013年、中国の習近平国家主席がタンザニアを訪問した時、随行していた中国政府関係者が象牙を大量購入、外交封印袋に入れられ、中国まで運ばれたという。2009年の胡錦涛の時代にも、同様のことがあったという[29]。批判を受け、2015年9月25年の米中首脳会談において、中国の習近平国家主席とアメリカのオバマ大統領が、象牙の国内取引を終了するために共同声明を発表。中国の国内市場は2017年に閉鎖された。2016年より後の中国は、ワシントン条約締約国会議において象の保護を主張する側に回った。2018年以降の中国では、周辺国における違法取引の撲滅と、日本を含むアジア諸国からの密輸ルートの閉鎖が課題となっている[30]。中国の闇市場では象牙1ポンド当たり1000ドル前後で取引されている[31]



日本の問題


日本では、象牙は彫刻・印章・根付などとして、伝統的に使われてきた。日本の象牙市場は、WWFジャパンによると2016年時点でピーク時の10%くらいとなるなど縮小の傾向にあるとされるが[32](WWFジャパンは「日本は象牙の密輸とは無関係」との日本政府の見解を支持しているため、これは合法市場のみの数字である)、代わりにヤフーオークションを介しての取引が急増している(「日本は象牙の違法取引の拠点」との立場に立つEIAによると、違法市場であることが強く疑われている)など、いまだに活発な需要が存在し、特に印鑑での用途は、日本国内で使われている象牙の80%を占める。ただし「印鑑」は日本古来の「印章」とは別物で、役所や銀行などで印鑑登録制度が始まる近代以後の産物であり、さらに象牙の印鑑が普及するのは一般庶民に象牙の印鑑を購入するほどの財力の付いた高度成長期以降の印鑑業界のキャンペーンによるところが大きく、印鑑に使われる書体である「印相体」も昭和30年代に創出されたフォントである(「印章」に使われる正式な書体は「篆書体」で、印材は石が多かった。篆刻を参照)。


日本はワシントン条約の実効性を高めるために、1992年に「種の保存法」を制定し違法な取引の防止に努めている[33][34]が、そもそも合法的な象牙の「利用を推進する」というコンセプト自体が、合法・違法を問わず全ての象牙の利用の規制・縮小を目的とするワシントン条約に違反しており、日本では違法市場どころか合法市場ですら今なお活発な取引が続いている状態が、象牙の密輸が武装グループの資金源にもなっているケニアを中心とするアフリカ諸国から非難を浴び、2016年にワシントン条約締約国会議において国内合法市場の閉鎖を勧告された[35]。しかし日本政府は「合法市場は適切に管理されている」との見解から勧告に従っていない。


自然保護団体の世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)とトラフィックは、日本市場が「密猟された象牙の流入先になっている可能性は低い」と考えており、そのため日本の国内合法市場を直ちに閉鎖する必要はないと考えているが、一方で日本から中国への違法な象牙の密輸が相次いで摘発されていることなどから、「日本市場は管理の行き届いたものとは到底言えない」との見解である。特に2017年には、日本で経済産業省への届出を行っていた合法な業者が違法取引で摘発されたことで、これまで日本政府の「適切な管理」を高く評価していたWWFジャパンも、「種の保存法」による国内取引管理の有効性に疑問を投げかける状況となった。そのため、WWFジャパンは日本政府に対して対応の強化を要求しており、それができない場合は国内市場の閉鎖もやむを得ない、と考えている[36](WWFは象の密猟や象牙の違法取引と言った犯罪を厳しく取り締まる立場だが、犯罪とは無関係の合法市場は閉鎖する必要はないと考えている)。またWWFとは別の自然保護団体であるアメリカの環境調査エージェンシー(EIA(英語版))によると、世界では象牙の取引禁止が強化された2010年代以降に日本では逆に取引数が増えているとされ、違法な抜け穴が指摘されている[37](EIAは違法・合法問わず全ての象牙取引を禁止すべきとの立場であり、またそもそも日本市場は違法な象牙が野放しだと考えている)。象牙の密輸が確認されていないはずの日本で、2016年時点でも象牙の活発な取引がなされていることについては、日本にはワシントン条約締結が締結された1989年以前に取得された象牙が、約30年後の2016年時点でも未だに大量に存在するため、と言うのが日本政府の公式見解である。また、世界的に象牙の取引禁止が強化された2011年以降に、日本では何故か象牙の登録本数・重量が増加したことに関しては、チェック体制がザルである日本の合法市場を介して違法な象牙を合法化する動きが進んだことをEIAは疑っているが、日本政府としては、管理者の死亡や高齢化で相続や譲渡のために登録される件数が増加した、法律の周知が進んたために自ら進んで登録するようになった業者が増加した、というのが公式見解である[38]。日本では、民間の押し入れや床の間などにワシントン条約締結以前に取得された全形の象牙が大量に存在し、これが相続や譲渡などの際に合法な象牙として市場に供給されることがしばしばあるとのことで、これを「床の間象牙」「押し入れ象牙」などと呼んでいる。


合法的な業者と密売人が結託し、合法的な象牙の中に違法な象牙を紛れ込ませて申請するとチェックが難しく、このようにして違法な象牙を合法化することを「ロンダリング」と呼ぶ。ロンダリングを防ぐためには世界の違法市場のみならず合法市場をも閉鎖するしかない、というのが国際自然保護連合(IUCN)およびワシントン条約締結国会議の見解である。日本では違法市場や密輸はほとんど摘発されておらず、適切に管理されているように見えるが、アフリカ諸国での密猟の摘発数と、日本からの密輸された象牙の中国での摘発数からみると、現実は日本を介した違法な象牙の合法化、さらには中国への密輸が横行していると考えられている[39]


象牙の違法市場に関しては、EIAの報告書では日本のネットオークションサイトであるヤフーオークションが「世界最大の象牙オンライン小売業者」と名指しで批判されており[40]、ヤフオクを経営するソフトバンク社に対し、EIA、トラ・ゾウ保護基金、米ヤフー本社などから象牙取引の中止の要望がなされているが、ソフトバンク社は「日本市場は象牙の密輸と無関係」という日本政府の見解を支持しており、まっとうな利用者がいわれなき批判を受けるのに反対する立場から、従っていない[41]


2010年代以降の「象牙取引禁止」という世界的な動きの中で、ネット通販大手の楽天では2017年7月に楽天市場における象牙の販売を禁止し、流通大手のイオンも2020年からショッピングセンター(イオンモール)における象牙の販売を禁止する方針を固める[42]など、世界的な動きに対応する業者も出てきている。



対策


象を保護するためには象牙の国際取引のみならず国内取引を含めた世界の全ての取引を禁止するしかない、と言うのが、国際動物福祉基金の見解である。


2016年のワシントン条約締約国会議において、ケニアなどのアフリカ諸国から、アフリカゾウをワシントン条約の「附属書 II 」から「附属書I(今すでに絶滅する危険性がある生き物)」へ移行することと、各国における「象牙取引市場の完全閉鎖」が提案された。しかし、ワシントン条約締約国会議においてこれを採用するには4分の3の賛成が必要となるが、日本やEUなどが賛成しなかったため、却下された。そのため、ワシントン条約締結国会議においては、「象牙の国内市場の禁止」ではなく、あくまで「象牙の国内市場の閉鎖の勧告」にとどまっている。


2016年現在、ワシントン条約締結国会議のうち、ナミビア・ジンバブエ・南アフリカの3か国は、ルールを守った象牙の厳正な管理による「持続的な利用」を主張しており、日本もそれを支持している[43]。それ以外のアフリカ諸国は、象牙が「持続可能な資源」だとは考えておらず、一刻も早い象牙取引の全面禁止と象の全面保護を主張している。密猟で象が激減している国々はおろか、象の保護に成功しており、また日本に象牙を輸出した経緯があるボツワナも、2016年度のワシントン条約締結国会議では象の保護を主張する側に回った。


放射性炭素年代測定法によって、象牙が採取された年代や地域を把握する方法があり、これによって象牙がどこで密猟されたかを把握することが可能である。2016年、9か国で押収された違法象牙の90%以上が、政府の古い備蓄象牙ではなく、この3年以内に採取された違法な物であることがコロンビア大学などの調査報告で分かった。


世界銀行は、富裕層に象をスポーツハンティングさせることで、地域住民の収入を安定させ、保護した方が有益となるようにできると考えている。ただし、これに対して国際動物福祉基金は「動物を殺すことは保護ではない」と批判しており、今後どれだけ効果を上げるかの信ぴょう性や、腐敗した政府を介して得られる収入がどれほどかを疑問視する声も多い[44]


2014年より大富豪のポール・アレンにより、「グレート・エレファント・センサス」と呼ばれるゾウの頭数の調査が行われている。それまでは「ゾウの保護は上手くいっている」と言う説もあったが、調査の結果として、ゾウの頭数が激減しているという現実が明らかになった[45]



象牙取引の再開に向けた動き


ワシントン条約(CITES)の締結により1989年より象牙の輸入禁止措置が採られ、事実上世界の象牙貿易は終了した。しかしその後、ボツワナ、ナミビア、ジンバブエのゾウの個体数が間引きが必要な規模へ急増。1997年のワシントン条約締結国会議で、ナンバーリングを行う等の措置を条件に貿易再開を決議。1999年に日本向けに1度限りの条件で貿易が行われた。南部アフリカ諸国はゾウの急増により農業被害や人的被害が見られることもあり引き続き貿易の継続を要望したが、一方で無制限に貿易が再開されると錯覚した密猟者がアフリカ各地で活動を活発化、混乱が生じたことから再開の目処は立たなくなった。


2007年、ワシントン条約の常設委員会は監視体制が適切に機能しているとした南アフリカ、ボツワナ、ナミビアが保有している60トンを日本へ輸出することを認める決定をした。なお日本と同じく輸入を希望していた中国は認められなかった。2008年にはCITESによって許可された象牙競売が開催され、ナミビア・ボツワナ・ジンバブエ・南アフリカの4ヵ国から出荷された合計102トンの象牙(すべて、政府が管理する自然死した象のもの)が日本と中国の業者に限定して売却された[46]


2016年現在、ナミビア、ジンバブエには象牙の在庫があり、象牙の国際取引の再開を要望しているが、「グレート・エレファンス・センサス」によってゾウの個体数が「間引きが必要な規模」どころか激減している現実が明らかになったこと、密猟の対策費の増大を懸念する他の多くのアフリカ諸国による反対、またかつては象牙の大きな輸入国であった中国も象牙取引の反対に回ったこと、などから、象牙取引の再開の動きは阻止されている。



脚注


[ヘルプ]




  1. ^ 各国の象牙市場について WWF


  2. ^ 象牙とマンモス牙識別マニュアル(PDF) - 環境省

  3. ^ abcdef合衆国魚類野生生物局研究所. “Ivory Identification Guide – U.S. Fish and Wildlife Service Forensics Laboratory”. fws.gov. 2016年11月16日閲覧。


  4. ^ ブルース有機化学: 下, 第2巻(5版) p1369


  5. ^ 研究用ペレット HOYA Technosurgical


  6. ^ 人工象牙 特開平5-271431 j-tokkyo


  7. ^ Otto (2004). Stone from milk. Ascent and fall of the Galaliths. Chemistry in our time.


  8. ^ 日本大百科全書カゼイン(コトバンク)


  9. ^ 第21回 頭と刃は切れるうちに(ニュースダイジェスト)


  10. ^ アジアからの需要増大でゾウとサイの密猟増える=アフリカ(ロイター)


  11. ^ 人間の歯を食べると意外な栄養? マクドナルド騒動の危険なもしも…(もぐもぐニュース)


  12. ^ 象牙(コトバンク)


  13. ^ Harold Osborne, Antonia Boström. "Ivories" in The Oxford Companion to Western Art, ed. Hugh Brigstocke. Oxford University Press, 2001. Oxford Reference Online. Oxford University Press. Accessed 5 October 2010


  14. ^ Shatzmiller, Maya (1993). Labour in the Medieval Islamic World. BRILL. pp. 229–230. ISBN 90-04-09896-8. https://books.google.com/books?id=Bzo0Skd1kcYC&pg=PA229. 


  15. ^ Jones, Dalu & Michell, George, (eds); The Arts of Islam, Arts Council of Great Britain, 1976, ISBN 0-7287-0081-6. pp. 147–150, and exhibits following


  16. ^ 紅牙撥鏤尺 甲(正倉院宝物検索)宮内庁ホームページ


  17. ^ 会場案内図、正倉院の仏具(奈良国立博物館)


  18. ^ 三井版 日本美術デザイン大辞展(食品サンプルではありません。こちらも牙彫で、安藤緑山作)


  19. ^ 象牙彫刻美術館(2018年5月16日閲覧)


  20. ^ 象牙と石の彫刻美術館~ジュエルピア~(2018年5月16日閲覧)


  21. ^ 象牙・マンモス実印の販売終了について ハンコヤドットコム


  22. ^ アフリカ諸国、象牙で対立 輸出禁止か解禁か 日本経済新聞


  23. ^ ワシントン条約締約国会議でナミビアとジンバブエは在庫象牙の販売、不成功に/滝田明日香のケニア便り : BIG ISSUE ONLINE


  24. ^ 日本とEU名指し、象牙の国内取引禁止求める アフリカ諸国|BIGLOBEニュース - 毎日新聞


  25. ^ 象牙“取引禁止” 密猟の現場は|けさのクローズアップ NHKニュース おはよう日本


  26. ^ EU set to ban raw ivory exports from July(The guardian)


  27. ^ Prince William wants 'all royal ivory destroyed'The Independent


  28. ^ 象牙需要が背景、ケニアのゾウ密猟(2012年4月19日時点のアーカイブ) - ナショナルジオグラフィック 2011年8月18日


  29. ^ “習主席の随行団が象牙を大量密輸か 環境団体”. CNN. (2014年11月7日). http://www.cnn.co.jp/world/35056252.html 2014年11月7日閲覧。 


  30. ^ 中国が象牙製品の国内市場を全面閉鎖。国際的な違法取引排除に向けて対応。国内市場を維持している日本のあり方が問われる。WWFなどが指摘(RIEF) - 一般社団法人環境金融研究機構


  31. ^ 違法象牙の90%以上、3年以内に密猟したゾウから採取 研究(AFP通信)


  32. ^ 象牙と犀角 縮小する日本の市場について報告


  33. ^ ワシントン条約について(条約全文、付属書、締約国など)(経済産業省)


  34. ^ 象牙等はルールを守って取引しましょう!(環境省)


  35. ^ 象牙の国内市場、合法でも縮小を ワシントン条約会議 朝日新聞


  36. ^ 日本国内での象牙取引で違法事例 古物商ら27人が書類送検|野生生物の違法取引対策 WWFジャパン


  37. ^ 日本で違法な象牙取引が横行、覆面調査でも確認 ナショナルジオグラフィック日本版サイト


  38. ^ 日本のアフリカゾウ保全及び象牙取引についての見解 環境省


  39. ^ 中国、象牙も「爆買い」 合法市場・日本からの密輸横行…EIA報告書「習近平主席の専用機でアフリカから密輸した」産経WEST


  40. ^ 日本によるワシントン条約不遵守の20年 EIA


  41. ^ 象牙取引(下):見えないネット取引実態、日米ヤフーに温度差 ロイター


  42. ^ イオンモール、象牙販売禁止へ 印章、2020年から - 日本経済新聞


  43. ^ 環境省_象牙等はルールを守って取引しましょう! 環境省


  44. ^ 『ナショナルジオグラフィック ゾウを殺してゾウを保護するという矛盾』(2015年7月13日)


  45. ^ 史上最大のゾウ調査、アフリカ上空を46万キロ - ナショナルジオグラフィック日本版サイト


  46. ^ アフリカの象牙競売終了、日本と中国の業者が15億円落札,AFP BB NEWS,2008年11月7日/朝日新聞2010年3月14日朝刊「密漁呼ぶ象牙限定解禁」




参考文献




  • 渋谷区立松濤美術館編集・発行 『日本の象牙美術 --明治の象牙彫刻を中心に--』 1996年

  • 美術誌「Bien(美庵) Vol.48」 特集「石川光明とデザインで見る象牙彫刻」(藝術出版社、2008年) ISBN 978-4-434-12047-3 C0370



関連語














象の墓場

象の墓場は象牙の宝庫とされる。「象は死に場所を選んで死ぬため、死期が迫った象は自ら仲間が死んだ場所へと向かい、死んだ象が必然的にたくさん集まる場所ができる」とする伝説がある。『シンドバッドの冒険』の「7度目の冒険」では、象を狩って象牙を得る奴隷の身分に堕ちたシンドバッドが、仲良くなった象から「象の墓場」を教えてもらい、象を殺さずに象牙を得て巨万の富を得た。このように、おとぎ話の世界の話で、現実には存在しない。

象牙の塔

現実からかけ離れた夢想の世界。学者が閉じこもる研究室の比喩。ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』にも登場する。

もともとはフランス語la tour d'ivoire。「旧約聖書」「ソロモンの雅歌」7:5の「なんじの首は象牙の塔の如し」に由来し、サント-ブーブがヴィニーを評した「Et Vigny, plus secret,/ Comme en son tour d'ivoire, avant midi, rentrait.」という言い回しに由来する。

象牙色


アイボリー。淡い黄色。クリーム色。

象牙海岸


西アフリカの国・コートジボワールのこと。フランス語のCôte d'Ivoireを和訳した名前で、英語名のIvory Coastも同じ意味。かつてこの一帯から象牙が搬出されたため、この名が付いた。



関連用語



  • 象牙質-象牙芽細胞により作られる歯の主体



Popular posts from this blog

MongoDB - Not Authorized To Execute Command

How to fix TextFormField cause rebuild widget in Flutter

in spring boot 2.1 many test slices are not allowed anymore due to multiple @BootstrapWith