玖珠郡







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大分県玖珠郡の位置(1.九重町 2.玖珠町)


玖珠郡(くすぐん)は、大分県(豊後国)の郡。


人口23,783人、面積557.88km²、人口密度42.6人/km²。(2018年10月1日、推計人口)


以下の2町を含む。




  • 九重町(ここのえまち)


  • 玖珠町(くすまち)




目次






  • 1 郡域


  • 2 歴史


    • 2.1 古代


    • 2.2 江戸時代


    • 2.3 近世以降の沿革


    • 2.4 町村制以降の沿革


    • 2.5 変遷表




  • 3 行政


  • 4 脚注


  • 5 参考文献


  • 6 関連文献


  • 7 外部リンク





郡域


1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町のまま変更されていない。



歴史



古代


天平12年(740年)頃までに成立したとされる『豊後国風土記』において、豊後国の8つの郡のひとつとして球珠郡(漢字が現在の「玖」ではなく「球」である)が挙げられている。同書の球珠郡の条には、「昔此村有洪樟樹因曰球珠郡」と記されており、昔、この地に大きな樟があったことに因んで付けられたとされる。範囲は、概ね現在の玖珠郡全域にあたる。


また、承平年間(931年 - 938年)に成立した『和名類聚抄』でも、球珠郡とされており、今巳、小田、永野の3郷があったと記されている。



江戸時代


1803年の唐橋世済他『豊後国志』によれば当時の玖珠郡には郷四、山田、古後、帆足の4郷があり、村は麻生原(アソバル)、内匠(タクミ)、恵良(ケラ)、美良津、魚返(オカエリ)など合計81村(村54、支村27)[1]。人口は約29,000人(石高29,333石)。特産品は砂金[2]、明礬石、砥石、天麻(漢方薬原料のオニノヤガラ)等。



近世以降の沿革


  • 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。(40村)




















知行
村数
村名

幕府領

西国筋郡代
33村
湯坪村、田野村、菅原村、代太郎村、萩ヶ原村、後野上村、野上村、町田村、木納水村、小引治村、引治村、栗野村、右田村、上旦村、下旦村、恵良村、見良津村、松木村、辻村、書曲村、岩室村、南大隈村、北大隈村、木牟田村、四日市村、下塚脇村、上塚脇村、瀬戸口村、中山田村、小田村、山浦村、戸畑村、魚返村

藩領
豊後森藩
7村
森村、帆足村、日出生村、太田村、綾垣村、山下村、古後村



  • 慶応4年閏4月25日(1868年6月15日) - 幕府領が日田県の管轄となる。

  • 明治4年


    • 7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により、藩領が森県の管轄となる。


    • 11月14日(1871年12月25日) - 第1次府県統合により、全域が大分県の管轄となる。



  • 明治8年(1875年)(26村)

    • 南大隈村・北大隈村が合併して大隈村となる。

    • 下塚脇村・上塚脇村が合併して塚脇村となる。

    • 瀬戸口村・中山田村が合併して山田村となる。

    • 代太郎村・萩ヶ原村・魚返村が戸畑村に、木納水村・小引治村が引治村に、上旦村・下旦村が右田村に、見良津村が恵良村に、辻村・書曲村が松木村に、木牟田村が四日市村にそれぞれ合併。



  • 明治11年(1878年)11月1日 - 郡区町村編制法の大分県での施行により、行政区画としての玖珠郡が発足。郡役所が森村に設置。



町村制以降の沿革



1.森村 2.東飯田村 3.飯田村 4.南山田村 5.万年村 6.北山田村 7.八幡村(紫:九重町 桃:玖珠町)



  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(7村)


    • 森村 ← 森村、帆足村、日出生村、岩室村(現・玖珠町)


    • 東飯田村 ← 恵良村、右田村、松木村(現・九重町)


    • 飯田村 ← 後野上村、田野村、湯坪村、野上村(現・九重町)


    • 南山田村 ← 町田村、菅原村、引治村、粟野村(現・九重町)


    • 万年村 ← 塚脇村、大隈村、山田村、小田村、山浦村(現・玖珠町)


    • 北山田村 ← 戸畑村、四日市村(現・玖珠町)


    • 八幡村 ← 太田村、綾垣村、山下村、古後村(現・玖珠町)



  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。

  • 明治26年(1893年)12月1日 - 森村が町制施行して森町となる。(1町6村)

  • 明治29年(1896年)3月29日 - 飯田村の一部(野上・後野上の各一部)・東飯田村の一部(右田)が分立して野上村が発足。(1町7村)


  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡制廃止に伴い郡会が廃止。残務処理のため郡役所は存続。

  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。


  • 昭和2年(1927年)4月1日 - 万年村が町制施行・改称して玖珠町となる。(2町6村)

  • 昭和17年(1942年)7月1日 - 玖珠地方事務所が森町に置かれ、玖珠郡全域を管轄する。

  • 昭和26年(1951年)1月1日 - 野上村が町制施行して野上町となる。(3町5村)

  • 昭和30年(1955年)


    • 2月1日 - 野上町・飯田村・東飯田村・南山田村が合併して九重町が発足。(3町2村)


    • 3月1日 - 森町・玖珠町・北山田村・八幡村が合併し、改めて玖珠町が発足。(2町)





変遷表




行政


  • 歴代郡長























氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治11年(1878年)11月1日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官


脚注


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  1. ^ #唐橋、p.p.173


  2. ^ 日田郡鯛生金山の発見は1898年(明治31年)。




参考文献




  • 『玖珠郡志』。唐橋世済他『豊後国志』、1803年。


  • 角川日本地名大辞典 44 大分県(角川書店、1980年)

  • 旧高旧領取調帳データベース



関連文献


  • 『玖珠郡史』 玖珠郡史編集委員会、1917年。


外部リンク



  • 玖珠町観光協会

  • 九重町観光協会








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