粘菌コンピュータ
粘菌コンピュータ(ねんきんコンピュータ)の記事では、粘菌の性質を計算に利用する「粘菌コンピューティング」について説明する(具体的に「コンピュータ」と呼べるようなセット化された機械装置が現状で存在するわけではない)。中垣俊之(北海道大学・電子科学研究所准教授)や原正彦(東京工業大学・総合理工学研究科教授)など複数のチームによって研究が進められている。
目次
1 概要
2 応用例
3 関連項目
4 脚注
5 外部リンク
概要
たとえば、何らかの粘菌の「餌を求め、餌と餌の最短距離をつなぐ形に変形する」「光を嫌い、光を当てることで任意の形に変形できる」といったような性質は、光や餌を「入力」、形を「出力」とみなして、ある種の計算であると捉えることができる。
例えば、粘菌を迷路の中に設置しその迷路の端と端にえさを置くと、粘菌は一旦は迷路全体に管を広げるが、最終的には餌と餌の最短距離をつなぐ管のみを残し、それ以外の部分は衰退させてしまう。また、餌との道筋に光の当たる部分を作ると、粘菌は光のあたる部分がなるべく少なく、かつ粘菌全体の管の長さもなるべく短いような経路を取る。最終的に形成された形は迷路問題(一種の組合せ最適化問題)の解であるとみなせる。こういった粘菌の性質を利用して、巡回セールスマン問題をはじめとする現在のコンピュータでは解くことが困難な問題を解決することが期待できる。特に巡回セールスマン問題では、理化学研究所の研究によると、従来型のコンピュータでは要素数を増やすと算出にかかる時間が爆発的に増加(組合せ爆発)して解決困難となるのに対し、粘菌による「計算」ではかかる時間が単に線形に増加するだけで、あまり時間がかからない[1]。
また、粘菌は同じ実験でも場合によって異なった経路を取るが、この時に粘菌がネットワークを作成する過程を発展方程式を用いて数理モデル化することで、正確な答を一つだけ出すことしかできない現在のコンピュータとは違い、一つの問題に複数の答えを出せるような「柔軟な発想」のできるコンピュータの開発に生かせることが期待できる。
中垣らはこの研究によって2008年度のイグノーベル賞を受賞している。また、原らの率いる理研の研究チームは、粘菌コンピュータの回路の設計を2007年より開始している。中垣の研究は、2008年4月にニュー・サイエンティストのサイトで「Mouldy computers」として取り上げられ[2]、原の研究は、2007年に日本経済新聞に取り上げられた[3]。
粘菌のような単細胞生物が迷路を解決する「知能」を持つという、生物が進化の過程で獲得した、あるいは未来のコンピュータが獲得すべき「知性」の根源に迫るカギとされており、バイオコンピュータへの応用を目指して研究が進められている。ちなみに中垣によると、モジホコリのエサはオートミールが好物とのこと。
応用例
中垣らは2010年、日本の首都圏を模した形状の培地と粘菌モジホコリ(Physarum polycephalum)を用いて鉄道の都市間ネットワークの設計シミュレーションを行い、サイエンス誌に発表した[4]。都市に相当する箇所にエサを設置し、海や山に相当する部分には深度や高度に応じた強さの光を当てて敷設コストを設定する。そこに粘菌を設置することで、首都圏における効率的な交通網のモデルが作成される。このモデルは輸送効率や冗長経路の設計の点で、実際の日本の鉄道網と類似性が見られるという。この研究が評価され、2010年には2度目のイグノーベル賞(交通計画賞)を受賞した[5]。
関連項目
- バイオコンピュータ
脚注
^ 「粘菌型コンピューター」って何だ?|デジ・ステーション|J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]
^ Ten weirdest computers
^ 2007年3月19日付、科学面
^ Tero A, Takagi S, Saigusa T, Ito K, Bebber DP, Fricker MD, Yumiki K, Kobayashi R, Nakagaki T (2010). “Rules for biologically inspired adaptive network design.”. Science 327 (5964): 439-42.
^ Winners of the Ig® Nobel Prize 2010 - Improbable Research
外部リンク
- 流動研究部門 未踏系 中垣俊之 准教授 / 北海道大学 創成研究機構 研究部