日枝神社 (千代田区)
山王日枝神社 | |
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所在地 | 東京都千代田区永田町2丁目10番5号 |
位置 | 北緯35度40分29秒 東経139度44分22.50秒座標: 北緯35度40分29秒 東経139度44分22.50秒 |
主祭神 | 大山咋神 |
社格等 |
官幣大社・別表神社 |
創建 | 不詳 |
別名 | 日吉山王社 日吉山王大権現社 江戸山王大権現 麹町山王 山王社 山王さま |
例祭 | 6月15日(山王祭) |
地図 | ![]() ![]() 山王日枝神社 |
日枝神社(ひえじんじゃ)は、東京都千代田区永田町二丁目にある神社。江戸三大祭の一つ、山王祭が行われる。旧社格は准勅祭社(東京十社)、官幣大社。
大山咋神(おほやまくひのかみ)を主祭神とし、相殿に国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)を祀る。
目次
1 歴史
1.1 年表
2 文化財
2.1 国宝
2.2 重要文化財
2.3 東京大空襲で焼失した旧国宝
3 氏子地域
4 ギャラリー
5 事件
6 交通アクセス
7 関連項目
8 脚注
9 参考文献
10 外部リンク
歴史
創建の年代は不詳である。文明10年(1478年)、太田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。徳川家康が江戸に移封されたとき、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした[1]。
慶長9年(1604年)からの徳川秀忠による江戸城改築の際、社地を江戸城外の麹町隼町に遷座し、庶民が参拝できるようになった。社地は家康により5石、元和3年(1617年)に秀忠により100石、そして寛永12年(1635年)に徳川家光からの寄付を加えて600石となった[2]。
明暦3年(1657年)、明暦の大火により社殿を焼失したため、万治2年(1659年)、将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて、現在地に遷座した。この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。
明治元年(1868年)11月の東京奠都の際に准勅祭社に指定された。その後明治3年(1871年)に神祇官直下から東京府管轄に移され、明治5年(1873年)の官国幣社の選定時にも漏れ、そのまま東京府の府社となった。1881年(明治14年)に、氷川神社宮司で日枝神社の祠官を兼ねていた平山省斎が、皇城鎮護の神社が府社であっていいはずがないので、官幣大社にしてほしいと願い出た。この時は官幣大社にならなかったが、東京府・内務省の賛成を得て1882年(明治15年)1月9日に官幣中社になった[3]。大正元年(1912年)には官幣大社に昇格した。
昭和20年(1945年)の東京大空襲で社殿が焼失し、昭和33年(1958年)に再建された。

裏参道 大鳥居(右側奥の建物は、現在は閉館となり無くなったキャピトル東急ホテル)[4]
年表
元和3年(1617年) - 麻生に100石の地を与えられた。
寛永12年(1635年)6月 - 400石を加え500石を領した。
万治2年(1659年)4月25日 - 現在地への遷座式。
文政6年(1823年) - 楼門、回廊などを造営した。
明治元年(1868年)11月5日 - 官幣使が参拝した。
- 8日 - 准勅祭の神社になった。
- 明治3年(1871年)6月30日 - 神祇官から東京府に管轄が移った。
1881年(明治14年)6月 - 平山省斎が官幣大社にしてほしいと内務省に願い出た。
- 7月6日 - 東京府が官幣中社昇格を支持する上申を出した。
- 11月26日 - 内務省が日枝神社の官幣中社昇格を支持する上申を出した。
1882年(明治15年)1月9日 - 官幣中社に列した。
1912年(大正元年) - 官幣大社に昇格した。
文化財
国宝
- 太刀 銘則宗
重要文化財
- 太刀 銘国綱
- 太刀 銘定利
- 太刀 銘一
- 太刀 銘長光
- 太刀 銘備州長船住長光
- 太刀 銘守家
- 太刀 銘高包
- 太刀 銘師光
- 太刀 銘延房
- 太刀 銘重久
- 太刀 銘備前国新田荘住親依元徳四年云々
- 太刀 銘備州萬壽住右衛門尉吉次作
- 太刀 銘豊後国行平作
- 薙刀 無銘 伝当麻
東京大空襲で焼失した旧国宝
- 本殿
- 幣殿
- 拝殿
- 中門
- 透塀
氏子地域
千代田区大手町
- 千代田区丸の内
- 千代田区有楽町
- 千代田区内幸町
- 千代田区霞が関三丁目
- 千代田区永田町二・三丁目
- 千代田区九段北三丁目2・3、四丁目全域
- 千代田区九段南三・四丁目
- 千代田区麹町
- 千代田区一番町
- 千代田区二番町
- 千代田区三番町
- 千代田区四番町
- 千代田区五番町
- 千代田区六番町
- 千代田区隼町
- 千代田区平河町
- 千代田区紀尾井町
中央区銀座(旧木挽町=銀座東の区域を除く)- 中央区京橋
- 中央区八重洲
- 中央区八丁堀
- 中央区日本橋
- 中央区日本橋兜町
- 中央区日本橋茅場町
港区新橋一丁目4~14
新宿区四谷一丁目(一部)
ギャラリー
日枝神社 山王鳥居と表参道(山王男坂)(2010年1月2日撮影)
公道より山王鳥居を見る(2004年1月2日撮影)
表参道から神門を見る(2004年1月2日撮影)
神門から社殿を見る(2004年1月2日撮影)
祈願所(山王夢御殿)(2004年1月2日撮影)
授与所(2004年1月2日撮影)
絵馬展(2004年1月2日撮影)
祭典及行事(2004年1月2日撮影)
事件
- 2008年6月13日、社内で巫女が神職に強姦された(赤坂日枝神社内巫女強姦事件)。神幸祭の慰労会で権禰宜が巫女に約2時間飲酒を強要した挙げ句、その後に社務所地下二階にある男子禁制の女子参篭室(女子更衣室)に侵入して、彼女を脅して強姦した[5][6]。
交通アクセス
地下鉄 溜池山王駅から徒歩3分、国会議事堂前駅、赤坂見附駅から徒歩5分。
関連項目
- 日枝の舞
神道
- 神社一覧
- 日本の神の一覧
- 神道用語一覧
- 日枝神社の巫女リカちゃん
- 山王日吉神社境内遺跡
脚注
^ 日枝神社「日枝神社について」。『公文類聚』「東京府社日枝神社ヲ官幣中社ニ列ス」。「東京府社日枝神社ヲ官幣中社ニ列ス」pdfファイルの3頁めにある平山省斎の上申には、文明3年の勧請とある。
^ 「東京府社日枝神社ヲ官幣中社ニ列ス」PDFファイルの3頁め。
^ 「東京府社日枝神社ヲ官幣中社ニ列ス」。
^ 画像右(山王パークタワー側)に、上り専用のエスカレーターが設けられている。
^ 赤坂・日枝神社「神職の巫女レイプ事件」, 週刊朝日 2009年3月27日号
^ “東京・日枝神社の元神職に実刑 みこ強姦で地裁”. 共同通信 (2009年5月19日). 2012年2月26日閲覧。
参考文献
- 「東京府社日枝神社ヲ官幣中社ニ列ス」、『公文類聚』第6編(明治15年)59巻1。国立公文書館デジタル・アーカイブにより2012年1月閲覧。
外部リンク
- 日枝神社
- 日枝神社ー山王祭
- 日枝神社ーご祈願
ウィキメディア・コモンズには、日枝神社 (千代田区)に関するカテゴリがあります。
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東京十社(准勅祭社) | |||||
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社名 | 主祭神 | 鎮座地(東京都) | 近代 | 別表 |
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根津神社 (根津権現) |
須佐之男命 大山咋命 誉田別命 大国主命 菅原道真公 |
文京区根津 |
府社 | ||
芝大神宮 (芝神明宮、飯倉神明宮) |
天照皇大御神 豊受大御神 |
港区芝大門 |
府社 | ||
神田明神 (神田神社) |
大己貴命 少彦名命 平将門神 |
千代田区外神田 |
府社 | 別表 |
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日枝神社 (山王権現、麹町山王) |
大山咋神 | 千代田区永田町 |
官幣大社 | 別表 |
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亀戸天神社 (東宰府、亀戸天満宮) |
天満大神 天菩日命 |
江東区亀戸 |
府社 | ||
白山神社 | 菊理姫命 伊弉諾命 伊弉冉命 |
文京区白山 |
郷社 | ||
品川神社 | 天比理乃咩命 素盞嗚尊 宇賀之売命 |
品川区北品川 |
郷社 | ||
富岡八幡宮 (深川八幡) |
品陀和気命 | 江東区富岡 |
府社 | 別表 |
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王子神社 (王子権現) |
伊弉諾命 伊弉冉命 天照大御神 速玉之男命 事解之男命 |
北区王子本町 |
郷社 | ||
氷川神社 (赤坂氷川神社) |
素盞鳴尊 奇稲田姫命 大己貴命 |
港区赤坂 |
府社 |