セーシェル
座標: 南緯4度37分0秒 東経55度27分0秒 / 南緯4.61667度 東経55.45000度 / -4.61667; 55.45000
- セーシェル共和国
Repiblik Sesel (セーシェル・クレオール語)
Republic of Seychelles (英語)
République des Seychelles (フランス語)
(国旗)
(国章)
- 国の標語:Finis Coronat Opus
(ラテン語: 最後に仕事は報われる)
国歌:すべてのセーシェル人よ団結せよ
公用語
クレオール語、英語、フランス語
首都
ヴィクトリア
最大の都市
ヴィクトリア
- 政府
大統領
ダニー・フォーレ
副大統領
ヴィンセント・メリトン
- 面積
総計
455km2(180位)
水面積率
極僅か
- 人口
総計(2011年)
86,000人(182位)
人口密度
178人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年)
40億セーシェル・ルピー
- GDP (MER)
合計(2005年)
6億ドル(165位)
- GDP (PPP)
合計(2002年)
6億2,600万ドル(177位)
1人あたり
7,800ドル
独立
- 日付
イギリスより
1976年6月29日
通貨
セーシェル・ルピー (SCR)
時間帯
UTC +4(DST:無し)
ISO 3166-1
SC / SYC
ccTLD
.sc
国際電話番号
248
セーシェル共和国(セーシェルきょうわこく)、通称セーシェルは、アフリカ大陸から1,300kmほど離れたインド洋に浮かぶ115の島々からなる国家で、イギリス連邦加盟国である。首都はヴィクトリア。
目次
1 国名
2 歴史
3 政治
4 軍事
5 地方行政区分
5.1 主要都市
6 地理
7 経済
7.1 交通
8 国際関係
8.1 日本との関係
9 国民
9.1 民族
9.2 言語
9.3 宗教
9.4 教育
10 文化
10.1 世界遺産
11 その他
12 脚注
13 参考文献
14 関連項目
15 外部リンク
国名
正式名称は、セーシェル・クレオール語で、Repiblik Sesel。
フランス語では、République des Seychelles。通称、les Seychelles(フランス語発音: [le sɛʃɛl] レ・セシェル)。
英語では、Republic of Seychelles。通称、Seychelles(英語発音: [seiˈʃel(z)] セイシェル(ズ))、the Seychelles islands。
日本語では、セーシェル共和国。通称、セーシェル。英語風にセイシェルとも表記する。
国名は、フランスの財務大臣ジャン・モロー・ド・セシェル (Jean Moreau de Séchelles) にちなんで名付けられた。
歴史
セーシェルに関する最も古い情報は、7 - 8世紀にアラブ人が来航したことである。1502年にはヴァスコ・ダ・ガマの第二回東インド航海においてアラブ人が活動しているのを目撃している。17世紀には海賊の基地となっている。
1742年にフランスが探検隊を送り込む。その際、その当時の首相[1]の名から、諸島の名前をセーシェル、最大の島をマへ総督からマヘ島と名づけた。1756年にフランスが領有権を主張。しかし、1794年にはイギリス海軍のものになり、1814年にはイギリスも島国モーリシャスの一部として領有を主張した。以来、フランスとイギリスとの支配権を巡り対立していたが、1815年にパリ条約により、フランスがイギリスに領有権を譲渡した。
1872年にセーシェル独自の行政審議会、立法審議会ができる。20世紀初頭にはモーリシャスから分離。1964年に独立派のフランス=アルベール・ルネとイギリス領派のジェイムス・マンチャムによる政党が組織される。
1965年、アメリカに貸与していたデロッシュ島、アルダブラ群島、ファーカー諸島がイギリスに戻る。1976年、制憲会議が行われ、同年6月28日にイギリスから独立し、独立憲法も発布される。マンチャム大統領とルネ首相が連立される。マヘ島にアメリカの人工衛星追跡ステーションが設置される。1977年にルネがクーデターで実権を握り、同年6月に憲法を社会主義指向のものに改変した。以後一党独裁政権が続くが、1991年に複数政党制を導入。2004年、ルネ大統領が引退。
政治
セーシェルは共和制をとる立憲国家である。現行憲法は1993年に発布されたもの。
国家元首である大統領は国民の直接選挙により選出され、任期は5年。行政府の長として強大な権力を行使することが、憲法で認められている。
内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、大統領が任命する。首相職は無い。
議会は一院制の国民議会で、定数は35。うち25議席が直接選挙枠。議員任期は5年[2]。
主要政党は人民党(旧セーシェル人民進歩戦線)とセーシェル国民連合(旧セーシェル国民党)。人民党が1977年以降与党であったが、2016年の総選挙でセーシェル国民連合が人民党に勝利し[3]、初めて与党となった。
2015年12月に行われた大統領選挙で、当時のジェイムス・ミッシェル大統領(人民党)が三選を果たしたが[2]、翌年10月に「新しい指導者に引き継ぐときが来た」と述べ辞任した。後任にはダニー・フォール副大統領が昇格した[4]。
軍事
国軍が存在しており、正式名称「セーシェル人民防衛軍」 (Seychelles People's Defense Forces: SPDF)。2012年現在、総兵力は650人。実動部隊は陸軍(軽歩兵部隊、特殊部隊、大統領警護隊、憲兵隊、軍用犬訓練学校、軍楽隊から成る)と沿岸警備隊(海兵隊を含む)から成る。沿岸警備隊には附属の航空隊が存在していたが、2014年現在、財政難から航空活動(哨戒、捜索救難など)は公営企業に業務委託されている。過去には徴兵制が施行されていたが、現在は廃止されている。
独立時には国軍は存在せず、1977年のクーデター後、ルネ大統領派の民兵を基礎としてSPDFが結成された。クーデターにはタンザニアが関わっており、この経緯でクーデター後しばらく数百人がルネ大統領の警護とSPDF育成のために駐留していた。後掲のクーデター未遂事件以降、急速に旧東側に接近し、ソビエト連邦、中華人民共和国、北朝鮮(1989年に撤退)などから軍事顧問団を迎え入れていた。冷戦後は、アメリカに対し、国内に人工衛星支援基地の設置を認めるなど、旧西側との関係も強まっている。近年は、ソマリア海域に近い事から海賊対策にも力を入れつつあり、2010年には沿岸警備隊と海賊の間で戦闘(en)も生じている。
1981年には南アフリカが関わったとみられるクーデター計画が露呈。スポーツ選手を装って密入国したクーデター側のマイク・ホアー中佐率いる白人傭兵部隊 (Ancient Order of Frothblowers) とSPDFが応戦、クーデターは頓挫した。敗走した傭兵達はインドの旅客機をハイジャックして国外に逃走した。80年代には前掲のクーデター未遂も含め、国外の亡命組織や白人傭兵が企図したルネ政権転覆計画が頻発したがいずれも失敗に終わっている。
2011年12月にはソマリア沖海賊対策や真珠の首飾り戦略などに基づいて海洋進出を推し進め、セーシェルの国会議事堂[5]などを建設して強い関係を構築してきた中国はセーシェル政府の度々の打診でセーシェルに補給拠点を設置することを検討[6][7]するも中国は初の海外基地にジブチを選び、2018年1月にセーシェル政府はインドとセーシェルに軍事拠点を開設することで合意するも野党の反対でセーシェル議会で批准されなかった[8]。
地方行政区分
セーシェルは25の地方行政区分に分かれている。マヘ島が22(島嶼1を含む)に分かれるほか、プララン島と島嶼が2つに分かれ、4番目に大きなラ・ディーグ島全体が1つの地方行政区分を成す。
主要都市
主要な都市はヴィクトリア(首都)がある。
地理
インド洋の孤島であり、マヘ島から南西のマダガスカル島まで1100km、北西のアフリカ大陸(ソマリア)まで1300km離れている。
セーシェルは大小様々な島々から成り立っている。首都ヴィクトリアのある最大の島マヘ島(マエ島)、世界遺産「ヴァレ・ド・メ自然保護区」を含む二番目に大きなプララン島(プラスリン島)のほか、環礁として世界第二位の規模を持ち世界遺産に登録されているアルダブラ環礁などが存在している。
地質学的にはセーシェル諸島はマダガスカル島やインド亜大陸と共に中生代にアフリカ大陸のソマリアから分離し、その後インド亜大陸が分離していったため、島の基盤岩はこれらと共通な花崗岩である。一方、インド亜大陸の分離を生じたプレートテクトニクスで、火山岩が噴出し、セーシェル諸島から南東に伸びる海嶺に位置するマスカリン海台の南ではモーリシャス島やレユニオン島などが玄武岩で出来ている。
年間を通じ日中の最高気温は28〜31℃、最低気温は24〜25℃で、月間降水量は6〜8月が最も少なく100mm以下、それ以外の時期は100〜300mm、1月は300mmを越える。
経済
主要産業は観光業。セーシェルは「インド洋の真珠」と呼ばれており、主に西洋から美しい海に魅せられて、観光客が押し寄せたためである。さらに、マグロを主とする魚介類、石鹸の材料となるコプラ、ココナッツの輸出等も重要な収入源である。その結果、アフリカでは高水準の国民所得を誇る。世界銀行によると、2017年の一人当たりGNIは14170米ドルで、アフリカの同年のデータがある国・地域では1位であり、かつ唯一の高所得国である。[9]「人間の豊かさ」を表す人間開発指数 (HDI) は、2005年度版「人間開発報告書」ではアフリカ最高の全国中51位を記録した(指数は0.821)。
一党支配体制のときルネ大統領により企業の国営化等、社会主義的政策が進められたが、1993年に再選された後は、国営企業の民営化、市場経済への移行等政策転換を図っている。
リゾート地として発展したため、開発の際は厳しい環境基準を満たさなければならない。
漁業も盛んで、エビやマグロを輸出している。現在の所、観光業と漁業に依存しているため、経済の多角化を進めている。
日本とは、1976年に外交関係を樹立。主に冷凍魚を輸出して、自動車を輸入している。日本大使館は駐ケニア大使館が兼轄する。
1995年に成立した経済開発法(Economic Development Act)は、政府承認投資スキームに1000万ドル以上投資をした外国人犯罪者を自国民として保護し、身柄引渡要求を拒否すると定めていたが、国際的に問題になり2000年に廃止した。しかし北朝鮮工作員2名が2007年3月26日発行のセーシェル旅券を所持していると報じられ、問題になった[10][11]。
交通
- セーシェル国際空港
国際関係
日本との関係
- 在留日本人数 - 12人(2018年6月現在)[12]
- 在日セーシェル人数 - 4人(2017年6月)(法務省入国管理局)[13]
国民
民族
民族移動の歴史により、セーシェル国民の先祖はアラブ系、インド系(印僑)、アフリカ系、ポリネシア系、ヨーロッパ系(フランス)、華人と多岐にわたる。さらに各民族集団同士の交流が広く進み、黒人とマダガスカル系のマルガシュ人とのクレオールを筆頭に、多様なクレオールが居住する。
言語
公用語はセーシェル・クレオール語、フランス語、英語の三つである。
セーシェル・クレオール語はフランス語がベースのクレオール語でフランス領時代に現地語や移民の言語が混ざって発展し、定着した。今では国民の9割以上(91.8%)の母語となっており共通語である。国民の大半はフランス語も話すことができるフランス語圏となっている。また、宗主国の言語である英語は政府機関や教育等で用いられる。その他、中国語やヒンディー語、アラビア語などの移民の出身国の言語も使われている。
宗教
宗教は、カトリックが86.6%、聖公会が6.8%、その他のキリスト教宗派が2.5%、その他の宗教が4.1%である。
教育
約70の幼稚園・小学校・中学校がありほとんどが公立である。ほかに高校に相当する技術・海洋・農業等専門分野の7校がある。2009年まで大学は海外留学だったがロンドン大学の後援により国立大学ができた。
文化
世界遺産
2つの自然遺産が登録されている。
ヴァレ・ド・メ自然保護区は1983年に登録され、世界的に珍しいフタゴヤシが生える。
アルダブラ環礁は1982年に登録され、世界最大級のゾウガメ生息地である。
その他
ダイヤルアップによるインターネット接続が広く使われていた時期に、接続先電話番号が意図せずこの国の電話番号に変更されてしまい、多額の国際通話料金を請求される事例が多発した。アダルトサイト等へアクセスした際に、接続先を変更するプログラムがダウンロード・実行されたことが原因と考えられている。通信事業者各社は対策として、2002年12月頃から、日本からの国際ダイヤル通話サービスを休止した[14]。KDDIでは、休止した対地宛はオペレータ扱いの通話しかできない状態であったが、この措置が行われていた間は国際ダイヤル通話の料金を適用していた。この問題の沈静化により、2010年4月20日よりKDDIでは国際ダイヤル通話が再開された[15]。事業者によっては、2018年10月現在も休止している[16]。
脚注
^ フランスの蔵相の名にちなんで諸島全体にセイシェルと付けられた。『クロニック世界全史 CHRONICLE OF THE WORLD』講談社 1994年 1173ページのセイシェル共和国の項 ISBN 4-06-206891-5
- ^ ab「セーシェル共和国」『世界年鑑2016』(共同通信社、2016年)314頁。
^ 野党が初勝利=セーシェル総選挙 時事通信、2016年9月11日。2016年10月23日閲覧。
^ 大統領が辞意表明=セーシェル 時事通信、2016年9月28日。2016年10月23日閲覧。
^ “China writes off $ 5.5 million loan to reduce Seychelles' debt load”. Seychelles News Agency. (2018年8月18日). http://www.seychellesnewsagency.com/articles/9599/China+writes+off++.+million+loan+to+reduce+Seychelles%27++debt+load 2018年9月9日閲覧。
^ “中国、セーシェルでの海軍プレゼンスを検討”. ウォール・ストリート・ジャーナル. (2011年12月14日). http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-360162.html 2018年8月21日閲覧。
^ [中国海軍、インド洋に足場 セーシェルと協力 “https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1203X_S1A211C1FF1000/”]. 日本経済新聞. (2011年12月12日). 中国海軍、インド洋に足場 セーシェルと協力 2018年8月21日閲覧。
^ “インド、軍事拠点探しで苦戦、インド洋の島国で”. 日本経済新聞. (2018年6月22日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32129660S8A620C1FF8000/ 2018年8月21日閲覧。
^ http://databank.worldbank.org/data/download/GNIPC.pdf
^ North Korean agents given passports by Kiribati and the SeychellesSouth China Morning Post 22 August 2012
^ 「スクープ! 北朝鮮工作員がセーシェル旅券悪用!」アジア調査機構代表加藤健
^ 外務省 セーシェル基礎データ
^ 外務省 セーシェル基礎データ
^ “知らない間にインターネットを通して利用していた国際電話”. 独立行政法人国民生活センター. 2018年12月5日閲覧。
^ “国際情報提供サービスに係る特定対地への国際電話サービスの一部取扱い再開等について” (プレスリリース), KDDI株式会社, (2010年4月2日), http://www.kddi.com/corporate/news_release/2010/0402/ 2018年12月5日閲覧。
^ “電話等サービス契約約款(PDF)”. エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社. p. 131. 2018年12月5日閲覧。
参考文献
この節の加筆が望まれています。 |
関連項目
- セーシェル関係記事の一覧
- セーシェル時間
- セーシェルの島一覧
- 高中正義
外部リンク
- 日本政府
日本外務省 - セーシェル共和国 (日本語)
- 観光
セーシェル政府観光局 (英語)(フランス語)
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