クロード・マケレレ
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2014年のマケレレ | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 | クロード・マケレレ・シンダ Claude Makélelé Sinda | |||||
| 愛称 | マカ | |||||
| ラテン文字 | Claude Makélélé | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | (1973-02-18) 1973年2月18日(46歳) | |||||
| 出身地 | ||||||
| 身長 | 170cm | |||||
| 体重 | 66kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF (DH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1989-1990 | ||||||
| 1990-1991 | ||||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1991-1992 | 12 | (0) | ||||
| 1991-1997 | 169 | (9) | ||||
| 1997-1998 | 32 | (2) | ||||
| 1998-2000 | 70 | (3) | ||||
| 2000-2003 | 94 | (0) | ||||
| 2003-2008 | 144 | (2) | ||||
| 2008-2011 | 98 | (1) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1995-1996 | 11 | (1) | ||||
| 1995-2008 | 70 | (0) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2011-2013 | ||||||
| 2014 | ||||||
| 2017 | ||||||
| 2017- | ||||||
1. 国内リーグ戦に限る。2014年11月4日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
クロード・マケレレ・シンダ(フランス語: Claude Makélelé Sinda, 1973年2月18日 - )は、コンゴ民主共和国(旧ザイール)キンシャサ出身の元フランス代表サッカー選手、サッカー指導者。現在はジュピラー・プロ・リーグのKASオイペンの監督を務めている。
キャリアを通して守備的MFでプレー。中盤の底のポジションはマケレレのポジションとして「マケレレロール(Makélélé Role)」と呼ばれることもある[1]。
目次
1 経歴
1.1 引退後
2 個人成績
2.1 代表での成績
3 タイトル
4 脚注
経歴
1973年にザイールにて生まれ、1977年にフランスのサヴィニー=ル=タンプルへと移る。本人へのインタビューによれば、子供の頃の憧れの選手は、元ブラジル代表のペレ[2]。15歳の頃に、ムランのクラブであるUSムランに加入し、リリアン・テュラムらとともにプレーした[2]。
1993年、リーグ・アンのFCナントでキャリアをスタートし、フランス国籍を獲得。身体能力の高さを活かした活躍が評価され、1995年7月22日のノルウェー戦でフランス代表デビューを果たす。また1995-96シーズンではUEFAチャンピオンズリーグベスト4進出に貢献した。さらにその年に、アトランタ五輪にフランス代表として出場するがベスト8で敗退。
その後オリンピック・マルセイユを経て、1998年にリーガ・エスパニョーラのセルタ・デ・ビーゴへ移籍。UEFAカップにおいてリヴァプールFC、ユヴェントスFCなどの強豪チームを破った試合で活躍し、評価を上昇させた。
2000年にはレアル・マドリードへ移籍し、超攻撃的サッカーを標榜するスター集団の中において、中盤の守備を担うハードワーカーとして活躍し、2001-02シーズンにはチャンピオンズリーグの制覇に貢献。当時のチームメイトから「彼こそ、俺たちのバロンドールだ」という、最大級の賛辞が送られた。2002年、フランス代表は日韓W杯に出場するが、マケレレは出場機会に恵まれず、FWの不調やエースジネディーヌ・ジダンの故障も響きグループリーグで敗退する。しかし、クラブでは攻撃重視の選手を擁する中盤の底で守備を担い、イバン・エルゲラや最終ラインを支えるフェルナンド・イエロと共に守備の役割をしっかりとこなし、チームに欠かせない存在であった。しかし2002-03シーズン終了後、給料の問題などもありレアル・マドリードを退団。もっとも自身は後のインタビューの中で、自身の仕事に敬意を払われなかったことが問題なのであり、当時のレアル・マドリードの会長、フロレンティーノ・ペレスに「どんなに金を積まれても、私は出て行く」と言ったと述べている。その後レアル・マドリードは失点が増加、マケレレへの依存度が高かったにも関わらず彼を評価できなかったペレス会長には批判が浴びせられた。
チェルシーで同僚のアレックスと
その後ロシアの石油王、ロマン・アブラモヴィッチが新オーナーとなったチェルシーFCへ移籍。移籍後初シーズンはプレミアリーグ2位、UEFAチャンピオンズリーグではASモナコに準決勝で敗れるなど、タイトルを手にすることはできなかった。しかし2004-05シーズンにはプレミアリーグとフットボールリーグカップを獲得。2004年より監督に就任したジョゼ・モウリーニョはマケレレをシーズンの最優秀選手と褒め称え、FIFProによる2005年のベストイレブンにもチームメイトであるフランク・ランパードやジョン・テリーらとともに選出された[3]。
EURO2004以降代表から遠ざかっていたが、2006年ドイツW杯の欧州予選でフランス代表は予選敗退の危機を迎える。ドメネク監督の希望によりジダン、リリアン・テュラムとともに代表に復帰し、見事土壇場からの予選通過に貢献する。2006年5月15日、本選出場メンバーに選ばれ決勝戦まで進んだが、PK戦の末に準優勝に終わる。W杯終了後、地元のTV局のインタビューで、代表引退を明らかにしたが、ユーロ2008の予選でドメネク監督に招集され、モウリーニョ監督を巻き込み騒動となった。EURO2008本大会にも招集されたものの、チームはグループリーグ敗退。改めて代表引退を発表した。代表引退の記者会見の席で、フランス代表としてはメジャーなタイトルを得られなかったことについては「フランス代表のユニフォームを着ることができたことが、私のトロフィーだ」と語っている。
PSGでのマケレレ
2008年7月21日、パリ・サンジェルマンFCがマケレレの獲得に関してチェルシーと合意。同時にキャプテンにも就任した。2010-11シーズン終了後に現役引退。
引退後
引退後は、古巣のパリ・サンジェルマンで名将カルロ・アンチェロッティ監督の下でアシスタントコーチを経験した後、リーグ・アンの2014-2015シーズンからSCバスティアの監督に就任。しかし、12試合で2勝しか挙げられず、11月3日に解任された[4]。その後、2016年1月8日にASモナコのテクニカルディレクターに就任したが[5]、同年6月6日に契約解除が発表された[6]。2017年1月12日、スウォンジー・シティAFCのアシスタントコーチに就任した[7]。
個人成績
代表での成績
- 出典[8]
| フランス代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 1995 | 1 | 0 |
| 1996 | 0 | 0 |
| 1997 | 1 | 0 |
| 1998 | 1 | 0 |
| 1999 | 0 | 0 |
| 2000 | 3 | 0 |
| 2001 | 6 | 0 |
| 2002 | 9 | 0 |
| 2003 | 6 | 0 |
| 2004 | 8 | 0 |
| 2005 | 5 | 0 |
| 2006 | 14 | 0 |
| 2007 | 11 | 0 |
| 2008 | 6 | 0 |
| 合計 | 71 | 0 |
タイトル
- ナント
リーグ・アン: 1994-95
- レアル・マドリード
リーガ・エスパニョーラ: 2000-01, 2002-03
スペイン・スーパーカップ: 2001, 2003
UEFAチャンピオンズリーグ: 2001-02
UEFAスーパーカップ: 2002
トヨタカップ: 2002
- チェルシー
プレミアリーグ: 2004-05, 2005-06
FAカップ: 2006-07
コミュニティーシールド: 2005
フットボールリーグカップ: 2005, 2007
- パリSG
フランスカップ: 2009-10
脚注
^ “The Makelele role”. UEFA.com. 2012年11月13日閲覧。
- ^ abマケレレ氏がマドリーでの思い出を語る
^ “The FIFPro World XI of the Year 2004/2005”. FIFPro. 2012年11月13日閲覧。
^ “降格圏バスティア、マケレレを解任”. Goal. 2014年11月4日閲覧。
^ “マケレレ氏がモナコのディレクターに就任”. SANSPO.COM. 2016年1月8日閲覧。
^ “モナコがマケレレ氏と契約解除”. Goal.com. 2016年6月16日閲覧。
^ “スウォンジーのコーチに守備職人マケレレが就任…クレメントの右腕として1部残留を目指す”. Goal (2017年1月12日). 2017年1月16日閲覧。
^ “Makélélé, Claude”. National-Football-Teams. 2017年7月7日閲覧。
フランス代表 - 出場大会 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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