西日本二十日会
西日本二十日会(にしにほんはつかかい)は、かつて西日本に存在した暴力団の親睦団体。前身は関西二十日会。
目次
1 略歴
1.1 関西二十日会
1.2 西日本二十日会
2 脚注
3 参考文献
略歴
関西二十日会
昭和45年(1970年)、下関市の合田一家・合田幸一総長の提唱により反山口組同盟として結成された。
加盟団体は、合田一家、大阪市の松田組、神戸市の忠成会、姫路市の木下会、笠岡市の浅野組、広島市の共政会、北九州市の工藤會など[1]。
昭和54年(1979年)4月16日、三代目山口組・田岡一雄組長は、田岡一雄の自宅で、共政会・山田久会長、侠道会・森田幸吉会長、浅野組・浅野眞一組長、共政会・門広相談役と会った。この席で、山口組と、それぞれ関西二十日会に所属していた共政会、侠道会、浅野組との共存共栄路線が確認された[2]。
西日本二十日会
昭和63年(1988年)、解散した関西二十日会に変わって、新しく西日本二十日会が結成された。関西二十日会とは違い、特に山口組を仮想敵とするわけではなかった。
西日本二十日会の加盟団体は、唐津市の西部連合、下関市の合田一家、広島市の共政会、尾道市の侠道会、笠岡市の浅野組、松山市の松山連合会(後の山口組松山会)、岡山市の木下会、徳島市の勝浦会、高松市の親和会、大阪市の波谷組だった。
平成3年(1991年)、波谷組・波谷守之組長は西日本二十日会から脱退した[3]。
同年、西日本二十日会は解散した[3]。
脚注
^ 溝口敦『撃滅 山口組vs一和会』講談社<講談社+α文庫>、2000年、ISBN 4-06-256445-9.のP.208
^ 正延哲士、天龍寺弦、池田鷹一『実録 遊侠ヤクザ伝 鯨道 四代目山口組若頭 中山勝正』竹書房、2006年、ISBN 4-8124-6342-4.のP.161~P.167
- ^ ab芹沢耕二、鴨林源史『実録 王道ヤクザ伝 山口組六代目 司忍』竹書房、2007年、ISBN 978-4-8124-6604-9.のP.154
参考文献
飯干晃一『ネオ山口組の野望』角川書店<角川文庫>、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.31~P.33