テディ・リネール
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() テディ・リネール | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
基本情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Teddy Riner |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
愛称 | テディ・ベア |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国 | ![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出生地 | ![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | (1989-04-07) 1989年4月7日(29歳) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 204cm |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 141kg[1]。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
階級 | 男子100kg超級 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所属 | パリ・サンジェルマン |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
段位 | 5段 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
世界ランキング | 1位(1690ポイント) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
JudoInside.comの詳細戦績 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
テディ・リネール(フランス語: Teddy Riner、1989年4月7日 - )は、フランスの男子柔道家。2007年の世界選手権において男子では史上最年少の世界王者となった。2007年より世界選手権10大会連続優勝、100kg超級8連覇中(2017年9月時点)。身長204cm、体重129kg[2][3]。愛称はテディ・ベア[4]。得意技は大外刈、内股、隅返[5]。
目次
1 経歴
2 得意技
3 レストランでのトラブル
4 主な戦績
5 リネールが敗れた選手一覧(2007年以降)
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
経歴
リネールはフランスの海外県であるグアドループで生まれ、その後フランスに移って5歳の時に柔道を始めた。その他にも陸上競技、水泳、ゴルフ、バスケットボール、サッカー、スカッシュなど多くのスポーツを体験した。柔道の大会に参加できる年齢になって勝利を重ねていくうちに、他の競技をやめて柔道に専念するようになった。少年時代のリネールは日本の重量級選手の試合を沢山見て影響を受けたということもあって、日本の柔道スタイルが気に入っていたという。この当時、リネールにとって最高の柔道家は野村忠宏と井上康生だった[6][7]。14歳になるとフランスの指定強化選手に選ばれ、2007年の世界選手権では憧れの存在だった井上を返し技の効果ポイントで破る[8][9] などして、男子では史上最年少となる18歳5ヶ月で優勝を果たした[3]。
2008年のフランス国際柔道大会では準決勝で井上と再戦、効果1つの差で勝利し[10]、決勝戦も制し優勝を果たした。同年の北京オリンピックでは優勝候補の筆頭に挙げられていたものの、準決勝でウズベキスタンのアブドゥロ・タングリエフを攻めきれず、ゴールデンスコアに入ってから指導を与えられて敗戦、敗者復活戦に回った末に銅メダルを獲得した[2][11]。その後、世界ジュニアと世界選手権 (無差別)で立て続けに優勝して、同一年にジュニアとシニアの世界選手権を制した最初の選手となった(但し、オリンピック実施階級では2014年に世界ジュニアと世界選手権を制した女子の近藤亜美が最初となる)[12]。
2007年より2010年まで世界選手権4大会連続優勝を果たした[3]。2階級制覇を目指した2010年世界選手権の無差別級決勝では、新鋭の上川大樹に1指導を与えたものの1-2の判定負け、銀メダルに終わった。判定に不満のリネールは礼をしないまま畳を去り[13]、フランス国内でバッシングの対象になった。「この敗戦で僕は生まれ変わったんだ」という言葉通り、この敗戦を機に積極的に技を仕掛けるスタイルに変更、国際大会で連勝を重ね、2011年世界選手権では100kg超級で4連覇を果たした[3]。
2012年7月のロンドンオリンピックでは決勝でロシアのアレクサンドル・ミハイリンに指導3で優勢勝ちして金メダルを獲得した[2]。なお、この時点では模範とする柔道家として井上、ダビド・ドゥイエ及びダルセル・ヤンジの名を挙げている[14]。
2013年の世界選手権では、決勝で地元ブラジルのラファエル・シルバを合技で破るなどオール一本勝ちして、世界選手権で6度目の優勝を飾ることになった[15]。
また、IJFは選手の声をまとめるアスリート委員会の委員長にリネールを選出した[16]。
2014年8月の世界選手権では決勝で七戸龍と対戦すると、指導3でリードしながら終盤に七戸の大内刈で崩されるもポイントにならず、世界選手権7度目の優勝を果たすことになった[17][18]。11月にはフランス選手権に出場すると、決勝で同じクラブの練習パートナーでもある100kg級のシリル・マレと対戦するが、終了1分前まで指導2でリードされるものの、その後合技で逆転勝ちした[19]。
2015年4月には、非オリンピック競技を含めた各種の国際スポーツ団体が加盟するスポーツアコードのスポーツヒーロー部門の大賞に選ばれた[20]。5月のワールドマスターズでは3度目の優勝を飾った。8月の世界選手権では決勝で七戸から技ありと有効を取って勝利して、世界選手権では史上初となる8度目の優勝を果たした[21]。今回の優勝で2010年の世界選手権無差別決勝で上川に敗れて以来、95戦無敗となった[22]。
2016年の最初の試合となったグランプリ・サムスンでも勝利したが、ウォーミングアアップの最中にコーチである元66kg級世界チャンピオンのラルビ・ベンブダウの手首を骨折させてしまった。普段からスピードをつけるために軽量級とも練習に取り組んでいたが、こんな事態になったのは初めてのことだという[23]。続くヨーロッパ選手権では準決勝でグルジアのレヴァニ・マチアシビリに苦戦するも終了間際に一本勝ちすると、決勝でもイスラエルのオル・サッソンを破って今大会5度目の優勝を果たした[24]。8月のリオデジャネイロオリンピックでは準決勝でサッソンに終了間際の隅返の技ありで勝つと、決勝では初対戦となった原沢久喜から序盤に指導2を取ると、終盤に指導1を取られるが逃げ切ってオリンピック2連覇を達成した[25]。ただ、この戦術に対して観客からはブーイングが起こった[26][27]。なお、今大会で審判を務めた大迫明伸によれば、事前の審判ミーティングにおいて今回は特別な大会であるオリンピックなので、選手に柔道をやる時間を今まで以上に与えるようにとの指示があったという。そのため、全体的には指導をいつもより遅く取るなどそれが守られていた。しかしながら、この決勝に限っては原沢に指導を与えるのが早すぎて、リネールが柔道で勝負しなくても良い状況を審判が作ってしまった。結論的に言えば、この試合は審判によるコントロールミスであったとの見解を示した。ジュリーも指導を取り消す権限があったのに敢えてそれを行使することはなかったことに疑問を覚えたともいう[28]。
リオオリンピック以来の大会となった2017年の世界選手権では世界ランキングが14位まで落ちていたためにノーシードでの出場となったが、準々決勝までの4試合を一本勝ちした。準決勝ではジョージアのグラム・ツシシビリと対戦すると、GSに入った直後に相手の送足払で肘から崩れたもののポイントにはならず、その直後の隅返しで技ありのポイントを取って辛くも勝利した。決勝ではブラジルのダビド・モウラをGSに入ってから膝車で破って世界選手権9連覇を達成した[29]。10月のグランプリ・ザグレブでは決勝でオーストリアのステファン・ヘギを払腰で破って優勝した[30]。11月の世界選手権(無差別)では2回戦でツシシビリから技あり2つを取るなどして決勝まで勝ち上がると、100kg級の選手であるベルギーのトマ・ニキフォロフに技あり2つで快勝して、10度目の世界選手権タイトルを獲得することになった。今後は長期間の休息を取る予定で、いつ復帰するかは明言しなかった[3][31]。
その後、2020年の東京オリンピックに照準を合わせるために、2018年の世界選手権と2019年の世界選手権には出場しないことを明らかにした。これにより、世界選手権での連覇は8で止まることになる。なお、グランプリ大会やグランドスラム大会などのIJFワールド柔道ツアーには出場する予定だという。また、2024年に地元のパリで開催されるパリオリンピックへの出場意欲も示した[32][33]。
2018年後半からトレーニングを再開した。2019年には世界団体の出場を予定している。世界選手権の個人戦は当初出場する予定になかったが、体調次第で出場もあり得るという[34]。
IJF世界ランキングは1350ポイント獲得で30位(19/2/18現在)[35]。
得意技
隅返、大外刈、内股を得意としている。
柔道スタイルとしては基本に忠実に、組み手、足技と繰り出して、大外刈、内股、捨身技、寝技で仕留めていく。ずば抜けた投げの才能がある選手とは言えず、オーソドックスとでも言うべき試合をする選手である。
このようなことから、リネールの強さは、柔道スタイルではなく、類い稀なる体格と、パワーにあると言われている。
かつて2度ほど対戦したことのある鈴木桂治によれば、リネールは慎重に組み手を作り上げて、自分有利にならないと絶対に技を仕掛けない「良い意味で臆病」な側面を有していると指摘した[3][36]。
レストランでのトラブル
2013年6月、パリにある無国籍料理レストランのブッダ・バーにリネールが兄弟と立ち寄って食事を済ませると、店内でブラジリアンショーが始まった。その時、周囲の客が写真を撮るために席を離れてショーに近づいたので、自分たちも近づいて見物しようとした。すると兄弟が女性の接客係に腕を掴まれて、クレジットカードないしはIDカードの提示を求められると、今度はリネールも腕を掴まれて同じことを要求された。人種偏見が疑われる行為ではあったが、この時は過分な申し立てをせずに会計を済ませて店を出た。この後、リネールは自身のフェイスブックで、「他の客もショーに近寄っていたのに自分たちだけがこのような態度を取られたのは、他の客が白人だったからだ」と述べるとともに、黒人はブッダバーに近寄るなと警告を発した。一方ブッダ・バー側は、「ショーが始まって離席すると支払いを済ませずに店を後にする客が時々いたためにクレジットカードの提示を求めたのであって、決して人種差別的行為を意図していたわけではない」と釈明するとともに、接客係はリネールが誰だか認識できていなかっただけではあるが、リネールの腕を掴んだことは不適切な振る舞いであったとしてこの接客係を解雇したと述べた[37][38][39]。
主な戦績
2010
(階級表記のない大会は全て100kg超級での成績)
2005年 - フランスジュニア国際 2位- 2005年 - ドイツジュニア国際 3位
- 2005年 - ヨーロッパジュニア 3位
2006年 - ベルギー国際 3位- 2006年 - ポーランドジュニア国際 3位
- 2006年 - ヨーロッパジュニア 優勝
- 2006年 - 世界ジュニア 優勝
2007年 - フランス国際 3位- 2007年 - ドイツ国際 3位
- 2007年 - ヨーロッパ選手権 優勝
- 2007年 - チェコジュニア国際 優勝
- 2007年 - 世界選手権 優勝
- 2007年 - 嘉納杯 5位
2008年 - フランス国際 優勝- 2008年 - ドイツ国際 5位
- 2008年 - 北京オリンピック 3位
- 2008年 - 世界ジュニア 優勝
- 2008年 - 世界選手権 優勝
2009年 - グランドスラム・パリ 優勝- 2009年 - 地中海競技大会 優勝
- 2009年 - 世界選手権 優勝
2010年 - ワールドマスターズ 優勝- 2010年 - グランドスラム・パリ 優勝
- 2010年 - ワールドカップ・リスボン 優勝
- 2010年 - 世界選手権 100kg超級 優勝 無差別 2位
2011年 - ワールドマスターズ 優勝- 2011年 - グランドスラム・パリ 優勝
- 2011年 - ヨーロッパ選手権 優勝
- 2011年 - 世界選手権 優勝
2012年 - グランドスラム・パリ 優勝- 2012年 - ワールドカップ・リスボン 優勝
2012年 - ロンドンオリンピック 優勝
2013年 - グランドスラム・パリ 優勝- 2013年 - ヨーロッパ選手権 優勝
- 2013年 - 世界選手権 優勝
2014年 - ヨーロッパ選手権 優勝- 2014年 - 世界選手権 優勝
- 2014年 - グランプリ・チェジュ 優勝
2015年 - ワールドマスターズ 優勝- 2015年 - 世界選手権 優勝
- 2015年 - グランプリ・青島 優勝
- 2015年 - グランプリ・チェジュ 優勝
2016年 - グランプリ・サムスン 優勝- 2016年 - ヨーロッパ選手権 優勝
- 2016年 - リオデジャネイロオリンピック 優勝
2017年 - 世界選手権 優勝- 2017年 - グランプリ・ザグレブ 優勝
- 2017年 - 世界選手権(無差別) 優勝
(出典[3]、JudoInside.com)。
リネールが敗れた選手一覧(2007年以降)
リネールは、世界柔道選手権大会において100kg超級を9連覇中(2007-2017年)。
シニアの世界タイトルの数は、オリンピック、世界選手権を合わせて通算12回であり、これは男女通じて史上最多。
並ぶもののない実績を持ち、今なお無敗記録を伸ばし続けている柔道界の大スターである。
国際大会に出始めた頃のリネールは国内外の大会で度々敗戦を喫していた。2006年に世界ジュニアで優勝して初めての世界タイトルを獲得してから、2008年の北京オリンピックで3位になるまで9名の選手に敗れた。しかしながら、シニアになってからは2010年9月の世界選手権無差別決勝で上川大樹に1-2の判定で敗れて以来、144連勝を記録している。一本負けは2007年11月のフランス選手権団体戦のジャン=セバスチャン・ボンブワサン戦以来、技によるポイントは2007年12月の嘉納杯で高井洋平に技ありを取られて以来、それぞれ一度も喫してない(出典[3][40][41])。
対戦日時 | 大会 | 国籍 | 対戦相手 |
---|---|---|---|
2007年1月20日 | フランス選手権 | ![]() |
マチュー・バタイユ |
2007年2月12日 | フランス国際 | ![]() |
ユーリ・ルイバク |
2007年2月25日 | ドイツ国際 | ![]() |
パオロ・ビアンケッシ |
2007年11月10日 | フランス選手権団体戦 | ![]() |
ジャン=セバスチャン・ボンブワサン |
2007年12月9日 | 嘉納杯 | ![]() |
片渕慎弥 |
2007年12月9日 | 嘉納杯 | ![]() |
高井洋平 |
2008年2月24日 | ドイツ国際 | ![]() |
棟田康幸 |
2008年2月24日 | ドイツ国際 | ![]() |
フリム・ファイスタース |
2008年8月15日 | 北京オリンピック | ![]() |
アブドゥロ・タングリエフ |
2010年9月13日 | 世界選手権 | ![]() |
上川大樹 |
脚注
^ 柔道界絶対王者リネール「スポーツのシンボルに」
- ^ abcTeddy Riner Biography and Olympic Results
- ^ abcdefghprofile
^ 【頂上対決(3)】石井VSリネール(柔道男子100キロ超級) 産経新聞 2008年8月4日
^ 【頂上対決(3)】石井VSリネール(柔道男子100キロ超級) 産経新聞 2008年8月4日
^ Judo French phenomenon Riner eyes record feat ユーロスポーツ 2010年9月6日
^ Road to Rio: Teddy Riner, Flight: FR2014 - BR2016
^ (超人列伝〉柔道 リネール 戦い探求、若きわんぱくグマ 朝日新聞 2008年8月7日
^ [宿敵](2)怪力脅威 若き英雄 読売新聞 2008年7月16日
^ 康生は準決勝でリネールに敗れる 日刊スポーツ 2008年2月10日
^ 19歳リネール「やはり攻めないと」/柔道 サンケイスポーツ 2008年8月15日
^ 「第1回世界無差別選手権」近代柔道 ベースボールマガジン社、2009年2月号 12頁
^ リネール、上川の金「納得いかない」/世界柔道
^ RINER Teddy's multimedia info and results Archived 2014年4月5日, at the Wayback Machine.
^ World Championships, Rio 2013 DAY 6
^ アスリート新委員長にリネール 国際柔道連盟 MSN産経ニュース 2013年9月2日
^ World Championships 2014
^ World Championships, Chelyabinsk 2014
^ France Seniors 2014 - J2 Hommes : Riner superstar
^ SportAccord euronews awards : les lauréats
^ World Championships 2015, Astana
^ リネールが七戸破り世界柔道で8度目の優勝、「大きな満足感」
^ Judo: Teddy Riner eager to defend his Olympic gold, despite shoulder
^ Teddy Riner (+100kg) et Audrey Tcheuméo (-78kg) ont porté à cinq le nombre de titres remportés par les bleus. La France termine largement en tête de ces championnats d’Europe
^ Judo Olympic Games 2016
^ “王者リネールにブーイングの嵐も…原沢「勝ってこそ意味がある」”. スポーツニッポン新聞社 (2016年8月13日). 2016年11月4日閲覧。
^ “原沢は銀!絶対王者・リネールに惜敗…観客からはブーイングも”. デイリースポーツ (2016年8月13日). 2016年11月4日閲覧。
^ 「審判員から見たリオ五輪」近代柔道 ベースボールマガジン社、2016年11月号 40-41頁
^ Suzuki World Judo Championships 2017
^ Grand-Prix Zagreb 2017
^ A Legend, a Giant, a King: Riner wins gold in Morocco
^ リネール、世界選手権欠場へ=8連覇中、来年東京大会も-柔道 時事通信 2018年4月23日
^ Judo : Teddy Riner va faire l’impasse sur les Mondiaux avant les JO 2020
^ The return of Teddy Riner: Olympic gold medal in Tokyo 2020 as goal
^ World ranking list
^ 日本勢を警戒?絶対王者リネール故障でGS欠場へ 日刊スポーツ
^ Riner dit avoir été victime de racisme
^ Olympic judo champion alleges racism at upscale Paris bar
^ Teddy Riner Alleges Racism at Buddha Bar, Olympic Judo Champion Gets Waitress Fired
^ 20 key storylines for #JudoWorlds2017 with 20 days to go
^ Zagreb Grand Prix 2017
関連項目
- 柔道家一覧
外部リンク
- テディ・リネール - 国際オリンピック委員会 (英語)
- テディ・リネール - フランスオリンピック委員会 (フランス語)
- テディ・リネール - Sports Reference (Olympic results) (英語)
- テディ・リネール - JudoInside.com (英語)
- テディ・リネール - 国際柔道連盟 (英語)
- テディ・リネール - Alljudo (英語)
- Teddy Riner | Facebook
|
|
|