クローナハ
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地図 (クローナハ郡の位置) |
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基本情報 | |
連邦州: |
バイエルン州 |
行政管区: | オーバーフランケン行政管区 |
郡: | クローナハ郡 |
緯度経度: |
北緯50度14分 東経11度19分 |
標高: | 海抜 318 m |
面積: | 66.99 km² |
人口: | 16,917人(2016年12月31日現在) |
人口密度: | 253 人/km² |
郵便番号: | 96317 |
市外局番: | 09261 |
ナンバープレート: | KC |
自治体コード: | 09 4 76 145 |
市庁舎の住所: | Marktplatz 5 96317 Kronach |
公式ウェブサイト: | www.kronach.de |
市長: | ヴォルフガング・バイアーグレースライン (Wolfgang Beiergrößlein) |
郡内の位置 | |
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クローナハ (Kronach)は、ドイツ、バイエルン州、オーバーフランケン行政管区、クローナハ郡の郡庁所在地であり、中級中心都市である。この都市はフランケンヴァルトの周縁部に位置している。クローナハは、ルーカス・クラナッハの生誕地である。クローナハ市内には、ハースラハ川、クローナハ川およびローダッハ川が流れている。クローナハは、ほぼ完全に保存されている市壁を持ち、ドイツで最大の、全ヨーロッパでも最大規模の、中世要塞(ローゼンベルク要塞)を有している。砂岩と木組みの住宅、門、塔、地下貯蔵庫などが完全に保存された旧市街の町並みは、オーバーフランケンで最も見事なものである。クローナハは、また、古城街道やビールと古城街道に属する街でもある。
目次
1 住民と信仰
2 歴史
3 地理
3.1 市の構成
4 経済
4.1 交通
4.2 地元企業
5 友好都市
6 協力関係
7 文化と見所
7.1 博物館
7.2 建造物
7.3 年中行事
8 出身者
9 クローナハの名を持つもの
9.1 動力分散式列車「クローナハ郡」号
9.2 飛行機「クローナハ」号
10 引用
11 参考文献
住民と信仰

ハースラハ川に面したクローナハの町並み。高台にローゼンベルク要塞が見える
クローナハの約18,300人の人口の内、97%がドイツの市民であり、外国人の比率は、旧西ドイツ領内ではかなり低い方である。
この街の歴史的な経緯から、62%がカトリック教徒で(特にクローナハの中心地区、南部、北部、西部に多い)、31%が福音派の信徒である(特にフィシュバッハのような東部地区に多い)。1942年までは、ユダヤ人地区があり、1883年に建設されたシナゴーグを中心としたゲットーを形成していた。この他に、『自由キリスト教』や『ジーザス・フリーク』といった教義を信じる人も少数いる。
クローナハでは、(オーバー)フランケン方言が話されている。
歴史
この街は、1003年に「Urbs Crana」として初めて文献に現れる。
皇帝ハインリヒ5世は、1122年にクローナハをバンベルク司教区に寄進した。その後何世紀もの間、19世紀初めに至るまで、バンベルクの領主司教は世俗の権利を行使し続けた。1520年頃から始まる宗教改革と1648年のヴェストファーレン条約との間の時期、クローナハは、ザクセンのプロテスタント勢力に対する、カトリック(バンベルク司教区)の北の防塁と見なされた。こうした境界上に位置したため、ローゼンベルク要塞は、最大にして、当時の最新鋭の城郭施設として整備されたのであった。三十年戦争では、1632年から1634年の間に何度も、クローナハは大軍勢に包囲された。守備に適した街の構造と、主婦を先頭とした勇敢な住民達の働きにより、こうした攻撃を何度もしのいだ。今日、毎年開催されているスウェーデン行進では、女性が先頭を歩き、この出来事を誇らしく記憶している。また、1759年のプロイセンによる包囲も失敗に終わった。
1803年の帝国代表者会議主要決議によりクローナハはバンベルク司教区からバイエルン王国領に移った。1806年にナポレオン・ボナパルトは、クローナハに陣を張り、対プロイセン戦争に向かった。

1945年4月14日、クローナハのマルクト広場
第二次世界大戦をクローナハは比較的軽微な被害で切り抜け、1945年4月にアメリカ軍の占領下に入った。マルクト広場では戦闘行為が行われた。戦後はソビエト連邦の管理地域、後の東ドイツ、の隣接地域となり、故郷を逐われた数多くの人々の拠り所となった。
地理
市の構成
本市は、公式には67の地区 (Ort) からなる[2]。このうち孤立農場などを除く集落を以下に列記する。
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経済
交通
- 道路:連邦道 B85, B173, B303, B89
- 鉄道:ミュンヘン - ベルリン線がクローナハを通っている。
- 飛行機:クローナハ・グライダー飛行場、コーブルク地方飛行場、ホーフ空港、バイロイト空港、ニュルンベルク空港
クローナハは、マンハイムからプラハへ西−東に通る古城街道と、バート・フランケンハウスからパッサウへ北−南に通るビールと古城街道の両方に属している。
地元企業
- Loewe AG, 本社(AV機器)
- Lear Corporation(自動車用電子部品の開発・製造)
- Weber Maschinenfabrik(押し出し成形機、木材研磨機械)
- Dr. Schneider Kunststofftechnik(プラスチック産業)
- Valeo(自動車ライトとワイパー、カー用品)
- BlueMediaStar
- Aquaplus Brunnensanierung GmbH & Co. KG(井戸掘り用土木機械)
- Hofmann GmbH - Die Holzfachhändler(木材加工)
- Zahner Messsysteme(計測機械)
- Anton Hauguth Verlag(出版)
- Carl Link Verlag(出版)
友好都市
Hennebont(フランス、モルビアン県)
キシュクンハラシ(ハンガリー、バーチ・キシュクン県)
ロト・ウント・リートブルク(ドイツ、ラインラント=プファルツ州)
ベッテンドルフ(USA、アイオワ州)
協力関係
- 1955年、ポダーザム市(ボヘミア地方)から逃れたズデーテン地方のドイツ人の協力・保護を引き受けた。
文化と見所

ローゼンベルク要塞
博物館
- フランケン・ギャラリー(バイエルン州立博物館の分館)
- ローゼンベルク要塞の石工博物館
- 郡庁舎内のギャラリー
- クローナハ芸術協会のギャラリー
- 郡文書館のギャラリー
- ポダーザム郷土博物館
- ノイゼスの地域博物館
建造物
- ローゼンベルク要塞
- ホイニシェンブルク城趾
- オーバーシュタット(旧市街)の町並み
- ラートハウス(市議会場)
- 聖ヨハネス・デア・トイフェル市教区教会
- 施療教会と市民病院
- 労務修道院と修道院教会
- バイエルン地方庭園展示会2002の施設
年中行事
- 市の歴史祭、6月の最終週末
- スウェーデン行進、聖体の祝日後の日曜日
- クローナハのスウェーデン戦、2007年6月の最終週末
- ファウスト演劇祭(ローゼンベルク要塞の野外劇場)
- クローナハ射撃祭、8月15日から1週間
- クローナハ夏期アカデミー(モザイク、陶芸、彫刻、絵画)
出身者
ルーカス・クラナッハ(1472年 - 1553年)画家
マクシミリアン・フォン・ヴェルシュ(1671年 - 1745年)建築家
ヨハン・カスパール・ツォイス(1806年 - 1856年)文献学者、ケルト文献学の創始者
ヨーゼフ・シュタングル(1907年 - 1979年)ヴュルブルク司教
クローナハの名を持つもの

クローナハ号と同型機のCRJ 200
動力分散式列車「クローナハ郡」号
ドイツ鉄道の動力分散式列車バウライヘ612には、「ラントクライス・クローナハ」(クローナハ郡)の名を持つものがある。
飛行機「クローナハ」号
ルフトハンザ・シティーラインに用いられている、登録番号D-ACHHのCRJ 200は、「クローナハ」号の名を持つ。
引用
^ バイエルン州統計・データ管理局 — 人口状況
^ Bayerische Landesbibliothek Online
参考文献
- Sabine Raithel/Reinhard Feldrapp: Kronach. Das Buch zur Stadt, 2002, Verlag Fränkischer Tag, ISBN 3-928648-81-0
この記事はドイツ語版を抄訳・微調整したものです。上記文献はドイツ語版の文献として挙げられていたものであり、本稿の作成に直接参照しておりません。
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