グランドナショナル









































グランドナショナル
Grand National Handicap Chase

2011 Grand National cropped.jpg
2011年

開催国
イギリスの旗イギリス
競馬場
エイントリー競馬場
創設
1839年2月26日
2018年の情報
距離
障害芝34ハロン(4マイル2ハロン74ヤード)
(約6,907メートル)
格付け
英障害G3
賞金
賞金総額100万ポンド[1]
出走条件
7歳以上
負担重量
ハンデキャップ
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グランドナショナルGrand National)とは毎年4月にイギリスのリヴァプール郊外にあるエイントリー競馬場で行われる障害競走である。




目次






  • 1 概要


  • 2 コース


    • 2.1 コースの形状


    • 2.2 障害の形状


      • 2.2.1 全障害の規模




    • 2.3 障害の変遷


    • 2.4 チェッカーフラッグ




  • 3 歴史


    • 3.1 各種記録


    • 3.2 歴代優勝馬




  • 4 日本調教馬の参戦


  • 5 各国の「グランドナショナル」


  • 6 脚注


    • 6.1 各回競走結果の出典




  • 7 外部リンク





概要


距離は4マイルと2ハロンと74ヤード(約6,907メートル)、計16個設置されている障害を延べ30回飛越する。イギリスでは最も人気のあるレースであり、馬券の売上額もダービーやチェルトナムゴールドカップを上回りイギリス国内最高を誇る。ブックメーカーなどを含め、賭けに投じられた金額は、2007年で2.75憶ポンド(約655億円)、2015年で3億ポンド(約540億円)に達すると推定されている。年によっては日本の有馬記念を上回ることもあるとみられる。


この競走はグランドナショナルミーティングのメイン競走としてハンデキャップで行われる。格付けはグレード3[2]


ほぼ毎年出走可能頭数の限界の40頭の出走馬を集めるが、年によっては完走頭数は10頭を切ることも珍しく無い事から世界一過酷な障害レースと言われている。以前は発走の際スターティングバリアーの直後に整列していたが発走の遅延が絶えなかったため、2008年より他の競走同様にバリアー後方から整列せずにスタートを行う方式に変更された。


このレースに範を取った「グランドナショナル」という名の競走は世界各地で行われている。日本では伝統の障害重賞である中山大障害がこのレースに範を取ったものである。


2005年からはビール会社のジョン・スミスズ(John Smith's)がスポンサーとなっていたが、2014年に酒造会社のクラビーズ(Crabbie's)に代わり、さらに2017年からは、5年契約で化学検査会社のランドックス・ヘルス(Randox Health)がスポンサーとなった。


2017年現在の賞金総額は100万ポンドで[3]、障害競走としては世界最高の賞金額となっている。



コース



コースの形状


この競走ではエイントリー競馬場のナショナルコースという特別なコースを2周する。このコースは4月開催でトッパムチェイス、フォックスハンターズチェイス、グランドナショナルの3競走、11月開催でグランドセフトンチェイス、ビーチャーチェイスの5競走のみに使用される。1周2.25マイル(3,600メートル)の周回コースであり直線距離は494ヤード(451メートル)。全体として起伏は少なくほぼ平坦となっている。



障害の形状




コース


グランドナショナルに使用される障害は英愛で一般的なものと異なり、トウヒの枝を組み合わせて作られている。全部で16の障害が設けられ、ザ・チェアと呼ばれる障害と水濠障害を除いて2度飛越することになる。6番目(22番目)及び7番目(23番目)、8番目(24番目)、9番目(25番目)、15番目の障害にはそれぞれ固有の名称が付いており順にビーチャーズブルック(Becher's Brook)、フォイネイボン(Foinavon)、キャナルターン(Canal Turn)、バレンタインズブルック(Valentine's Brook)、そしてザチェア(The Chair)である。


最難関とされるのはビーチャーズブルックである。障害は踏み切り地点より着地側が低くなっているため、バランスを取ることが難しく毎年複数の馬が落馬する。またザチェアは踏み切り地点の乾壕をもち、そして最も高い障害である。そしてキャナルターンとフォイネイボンについては、前者は着地後に直角に曲がるコーナーがあり後者もカーブの途中に設置されているため馬が内側に密集しやすく年によっては多重落馬が発生している。


2001年のレースではキャナルターンで空馬が障害の手前を横切り、多重落馬が発生する大事故が起こった[4][5]。これ以降、キャナルターンの障害右手に退避通路が設置され空馬がレースの馬群に混ざらないように配慮されている。



全障害の規模



  • 第1・第17障害(THORN FENCE) 4フィート6インチ(約137センチメートル)

  • 第2・第18障害(FENCE) 4フィート7インチ(140センチメートル)

  • 第3・第19障害(WESTHEAD) 4フィート10インチ(147センチメートル) 飛越側に幅6フィート(182センチメートル)の乾壕

  • 第4・第20障害(PLAIN FENCE) 4フィート10インチ

  • 第5・第21障害(SPRUCE FENCE) 5フィート(152センチメートル)

  • 第6・第22障害(BECHER'S BROOK) 5フィート着地側は6フィート(213センチメートル)

  • 第7・第23障害(FOINAVON FENCE) 4フィート6インチ

  • 第8・第24障害(CANAL TURN) 5フィート

  • 第9・第25障害(VALENTINE'S BROOK) 5フィート

  • 第10・第26障害(THORN FENCE) 5フィート

  • 第11・第27障害(BOOTH) 5フィート 飛越側に幅6フィートの乾壕

  • 第12・第28障害(FENCE) 5フィート

  • 第13・第29障害(FENCE) 4フィート7インチ

  • 第14・第30障害(FENCE) 4フィート6インチ

  • 第15障害(THE CHAIR) 5フィート2インチ(157センチメートル) 飛越側に幅6フィートの乾壕

  • 第16障害(WATER JUNP) 2フィート9インチ(84センチメートル) 着地側に幅9フィート7インチ(297センチメートル)の水濠



障害の変遷


グランドナショナルのコースは初期に石壁障害が水濠障害に変更され、その後も幾度か障害の形状、大きさに変更が加えられている。初期は天然の障害も使用していたため18インチ(約46センチメートル)の土塁など小規模なものも存在した。1885年の時点では最後の直線の3つの障害などで3フィート6インチ(約107センチメートル)のハードルを7基使用し計11回飛越を行っていたほか、現在では全障害の中で最も低い4フィート6インチ(約137センチメートル)のフォイネイボンが当時は5フィート6インチ(168センチメートル)と最も高い障害だった。


1888年にハードルがフェンスに置き換えられ、そして20世紀を過ぎると大幅な変更は行われなくなった。しかし1961年に危険すぎるとの批判を受け、障害に傾斜そして踏み切り板を設けるなどの安全対策が行われた。その後も何度か障害の形状に変更が加えられ、1990年にはビーチャーズブルックの着地側のスロープが埋め立てられた(これは、1989年にビーチャーズブルックで2頭が死亡したことによる)。このため、ビーチャーズブルックをはじめ多くの障害がその難易度を低下させている。



チェッカーフラッグ


同じコースを2周するグランドナショナルだが2周目に入った際、1周目で多重落馬事故があり整理がつかない場所がある場合や故障した馬の処分をその場で行い、障害の飛越が危険であると判断された場合は障害前方で係員がチェッカーフラッグを振る。その場合は障害横の退避通路を通り、障害をパスする事が許される。2011年は2周目の20号障害・22号障害(ビーチャーズブルック)において故障馬が留まったため、ともにパスされている[6]



歴史


グランドナショナルは1836年2月29日にリヴァプールのホテル経営者ウィリアム・リンによって創設された。1839年から回数カウントを始めているが実際は1836年から同等の競走が始まっており、1860年代半ばまでは公式記録として認められていた。かつて1836年から1838年までの3競走は以前はエイントリー競馬場以外で行われたと考えられていたが、現在はこれらもエイントリー競馬場で行われたことが判明している。


1836年の初の競走は出走馬10頭で行われ、マーティン・ビーチャー(英語版)大佐騎乗の2番人気馬ザデューク(英語版)が優勝した。完走は4頭。


1839年の競走ではコンラッドに騎乗したビーチャー大佐が1周目の小川で落馬し、その小川が「ビーチャーズブルック」と命名された。


1844年にハンデキャップ競走に改められる。


1862年にはグランドナショナルでは唯一となる騎手の死亡事故が発生した。


1928年はキャナルターンで集団落馬が発生。出走馬42頭のなかで優勝馬ティペラリーティム(Tipperary Tim)のみが無事故で完走。そして2着に再騎乗のビリーバートンが入り、この2頭のみが完走した。これを受けて、翌1929年よりキャナルターンの乾壕が取り除かれた。また全くの無名馬が優勝したため同年の競走は多数の出馬登録が行われ、グランドナショナル史上最多の66頭が出走した。完走は10頭。


1954年は4頭が死亡した。


1956年は競馬の歴史上でも最も不可解なレースの1つとして名高い。ディック・フランシス騎手が乗るクイーンマザー(エリザベス王太后)所有のデヴォンロック(英語版)は最終障害を大差でクリアーして楽勝するかと思われたが、残り50メートルに満たない地点で突然四肢を投げ出して座り込んでしまった。この際、特に故障などは何もなく直後に立ち上がっている。この事故が起こった場所は1周目に飛越した水濠障害のすぐ脇であり、この障害の影に驚いたのではないかと言われた。フランシス本人は大きな歓声に驚いてそのようになったと語っている[7][8]


1964年にエイントリー競馬場の所有者のトッパム夫人が競馬場を売りに出すと宣言し、以来1973年にビル・デイビスが300万ポンドで購入するまで毎年が「最後のナショナル」と言われた。デイビスの所有時も経営はいま一つ安定せず1983年にジョッキークラブが340万ポンドで購入、これにより英国の競馬が続く限りグランドナショナルは存続することになった。


1967年は馬群の先頭を走っていたカラ馬が23番目のフェンス直前で急にストップするというアクシデントのため後続の20頭以上の馬が落馬または立往生してしまい、先頭から50馬身近く離されていたフォイネイボン(英語版)だけがスムーズに追い越し、逆に後続に50馬身をつける独走態勢となる。結局そのまま後続を振り切って1着でゴールイン、101倍の配当となった[9]。なお、この23番目(1周目は7番目)のフェンスにはこの年の勝ち馬の名前である「フォイネイボン」の名がつけられている。


1981年は1年半前にガンで余命8か月の宣告を受けていたボブ・チャンピオン(英語版)が治療を受けガンを克服し、オールダニーティ(アルダニティ)(英語版)でグランドナショナルを制覇した。オールダニーティ自身も1年前の障害レースで骨折し、1度は安楽死処分にされそうになった状況からの復活であった。このエピソードは1984年に『チャンピオンズ(Champions)』というタイトルで映画化されている(ボブ・チャンピオン役をジョン・ハートが演じた)。


1993年はスターティングバリヤーの白いテープがうまく跳ね上がらず発走やり直し、2度目も馬や騎手がテープに絡まりスターターはフォルススタートを宣言したが合図の赤旗が誰にも目撃されることなく39頭中30頭がスタート。2周目のスタンド前で再び赤旗が振られたが反対派の抗議と解釈した[10]多くの騎手はレースを続行し7頭が完走。J・ホワイト騎乗のエシャーネスが1位入線したが競走不成立により幻の優勝となった[11]。これにより1993年のグランドナショナルは中止となり、翌1994年からはスターティングバリヤーが手動式から電動式に変わるなど多くの改善がなされた。


1997年はグランドナショナルの始まる1時間前にIRA暫定派を名乗る人物から競馬場に爆弾を仕掛けたとの電話があり、観客を競馬場から全員避難させ競走は中止となった。その2日後に改めてレースが行われた。調教師のジェニー・ピットマン(英語版)はこの事件に対し涙で抗議した[12]


1998年は1周目の名物障害の1つであるビーチャーズブルックの前の障害で計3頭が死亡し、動物愛護団体が抗議行動を行った。


2005年は152頭が1次登録し、最多記録を塗り替えた。



各種記録



  • レースレコード - 8:47.8 ミスターフリスク(1990年)

  • 最多出走頭数 - 66頭(1929年)

  • 最多完走頭数 - 23頭(1984年)

  • 最少完走頭数 - 2頭(1928年)

  • 最多勝利馬 - レッドラム 3勝(1973、1974、1977年)

  • 最多勝利騎手 - ジョージ・スティーヴンス 5勝(1856、1863、1864、1869、1870年)

  • 最多勝利調教師 - フレッド・リメル(1956、1961、1970、1976年) ジンジャー・マッケイン(1973、1974、1977、2004年)各4勝

  • 最高齢勝利馬 - ピーターシンプル 15歳(1953年)

  • 最高齢勝利騎手 - ディック・サウンダーズ 48歳(1982年)

  • 最年少勝利騎手 - ブルース・ホッブズ 17歳(1938年)



歴代優勝馬







































施行日 優勝馬 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師 馬主

1836年2月29日
The Duke 騸7 20:10 M.Becher W.Sirdefield

1837年3月4日
The Duke 騸8 14:00 H.Potts T.Chawner

1838年3月5日
Sir William 牡7 A.McDonough A.McDonough

これより回数をカウント。















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































回数 施行日 優勝馬 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回
1839年2月26日
Lottery 騸9 14:53 J.Mason G.Dockeray J.Elmore
第2回
1840年3月5日
Jerry 騸10 12:30 B.Bretherton G.Dockeray H.Villebois
第3回
1841年3月3日
Charity 騸11 13:25 A.Powell W.Vevers Lord Craven
第4回
1842年3月2日
Gay Lad 騸8 13:30 T.Olliver G.Dockeray J.Elmore
第5回
1843年3月1日
Vanguard 騸8 T.Olliver Lord Chesterfield
第6回
1844年2月28日
Discount 牡6 13:58 H.Crickmere Quartermaine
第7回
1845年3月5日
Cure All 騸7 10:47 W.Loft W.Loft W.Crawford
第8回
1846年3月4日
Pioneer 騸6 W.Taylor Adams
第9回
1847年3月3日
Matthew 騸9 D.Wynne J.Murphy J.Courtenay
第10回
1848年3月1日
Chandler 騸12 J.Little T.Eskrett J.Little
第11回
1849年2月28日
Peter Simple 騸11 10:56 T.Cunningham T.Cunningham T.Mason Jr.
第12回
1850年2月27日
Abd-el-Kader 騸8 10:20 C.Green J.Osborne Wilson
第13回
1851年2月26日
Abd-el-Kader 騸9 9:59 T.Abbot J.Osborne J.Osborne
第14回
1852年3月3日
Miss Mowbray 牝8 9:58 A.Goodman G.Dockeray T.Mason
第15回
1853年3月2日
Peter Simple 騸15 10:15 T.Oliver T.Oliver J.Little
第16回
1854年3月1日
Bourton 騸11 9:59 J.Tasker H.Wadlow W.Moseley
第17回
1855年3月7日
Wanderer 牡10 10:25 J.Hanlon Dennis
第18回
1856年3月7日
Freetrader 牡7 10:00 G.Stevens W.Holman W.Barnett
第19回
1857年3月4日
Emigrant 騸11 C.Boyce C.Boyce G.Hodgman
第20回
1858年3月6日
Little Charley 騸12 W.Archer W.Holman C.Capel
第21回
1859年3月8日
Half Caste 牡6 C.Green C.Green Willoughby
第22回
1860年3月7日
Anatis 牝10 T.Pickernell W.Holman C.Capel
第23回
1861年3月13日
Jealousy 牝7 J.Kendall C.Balchin J.Bennett
第24回
1862年3月12日
Huntsman 牡9 9:30 H.Lamplugh H.Lamplugh Viscount de Namur
第25回
1863年3月11日
Emblem 牝7 G.Stevens E.Weever Lord Coventry
第26回
1864年3月9日
Emblematic 牝6 G.Stevens E.Weever Lord Coventry
第27回
1865年3月8日
Alcibiade 騸5 H.Coventry C.Cornell B."Cherry" Angell
第28回
1866年3月7日
Salamander 騸7 A.Goodman J.Walters E.Studd
第29回
1867年3月6日
Cortolvin 騸8 J.Page H.Lamplugh Duke of Hamilton
第30回
1868年3月4日
The Lamb 牡6 G.Edwards B.Land Lord Poulett
第31回
1869年3月3日
The Colonel 牡6 G.Stevens R.Roberts J.Weyman
第32回
1870年3月9日
The Colonel 牡7 G.Stevens R.Roberts M.Evans
第33回
1871年3月21日
The Lamb 牡9 9:35 4/5 T.Pickernell C.Green Lord Poulett
第34回
1872年月日
Casse Tete 牝7 J.Page A.Cowley E.Brayley
第35回
1873年3月27日
Disturbance 牡6 J.Richardson J.Richardson J.Machell
第36回
1874年3月26日
Reugny 牡6 J.Richardson J.Richardson J.Machell
第37回
1875年3月18日
Pathfinder 騸8 T.Pickernell W.Reeves H.Bird
第38回
1876年3月24日
Regal 騸5 J.Cannon J.Jewitt J.Machell
第39回
1877年3月23日
Austerlitz 牡5 F.Hobson R.l'Anson F.Hobson
第40回
1878年3月29日
Shifnal 牡9 J.Jones J.Nightongall J.Nightongall
第41回
1879年3月28日
The Liberator 騸10 G.Moore J.Moore G.Moore
第42回
1880年3月19日
Empress 牝5 10:29 0/5 T.Beasley H.Linde P.Ducrot
第43回
1881年3月25日
Woodbrook 騸7 11:50 0/5 T.Beasley H.Linde T.Kirkwood
第44回
1882年3月24日
Seaman 騸6 Lord Manners J.Machell Lord Manners
第45回
1883年3月30日
Zoedone 牝6 C.Kinsky W.Jenkins C.Kinsky
第46回
1884年3月28日
Voluptuary 騸6 E.Wilson W.Wilson H.Boyd
第47回
1885年3月26日
Roquefort 騸6 10:10 0/5 E.Wilson A.Yates A.Cooper
第48回
1886年3月26日
Old Joe 騸7 9:14 3/5 T.Skelton G.Mulcaster A.Douglas
第49回
1887年3月25日
Gamecock 騸8 W.Daniels J.Gordon E.Jay
第50回
1888年3月23日
Playfair 騸7 G.Mawson T.Cannon E."Ned" Baird
第51回
1889年3月29日
Frigate 牝11 10:04 2/5 T.Beasley M.Maher M.Maher
第52回
1890年3月28日
Ilex 騸6 10:41 4/5 A.Nightingall J.Nightingall G.Masterman
第53回
1891年3月20日
Come Away 騸7 H.Beasley H.Beasley W.Jameson
第54回
1892年3月25日
Father O'Flynn 騸7 E.Owen G.Wilson G.Wilson
第55回
1893年3月24日
Cloister 騸9 B.Dollery A.Yates C.Duff
第56回
1894年3月30日
Why Not 騸13 A.Nightingall W.Moore C.Fenwick
第57回
1895年3月29日
Wild Man 騸7 J.Widger J.Gatland J.Widger
第58回
1896年3月27日
The Soarer 騸7 10:11 1/5 T.Kavanagh W.McAuliffe W.Hall-Walker
第59回
1897年3月26日
Manifesto 騸9 T.Kavanagh W.McAuliffe H.Dyas
第60回
1898年3月25日
Drogheda 騸6 J.Gourley R.Dawson C.Adams
第61回
1899年3月24日
Manifesto 騸11 G.Williamson W.Moore J.Bulteel
第62回
1900年3月30日
Ambush II 騸6 10:01 0/5 A.Anthony A.Anthony H R H Prince of Wales
第63回
1901年3月29日
Grudon 牡11 A.Nightingall B.Bletsoe B.Bletsoe
第64回
1902年3月21日
Shannon Lass 牝7 D.Read J.Hackett A.Gorham
第65回
1903年3月27日
Drumcree 騸9 10:09 2/5 P.Woodland C.Nugent J.Morrison
第66回
1904年3月25日
Moifaa 騸8 A.Birch W.Hickey S.Gollan
第67回
1905年月日
Kirkland 騸9 F.Mason E.Thomas F.Bibby
第68回
1906年月日
Ascetic's Silver 牡9 9:34 0/5 A.Hastings A.Hastings Prince F.Hatzfeldt
第69回
1907年3月22日
Eremon 騸7 9:47 1/5 A.Newey T.Coulthwaite S.Howard
第70回
1908年3月27日
Rubio 騸10 H.Bletsoe F.Withington F.Douglas-Pennant
第71回
1909年3月26日
Lutteur III 騸5 G.Parfrement H.Escott J.Hennessy
第72回
1910年3月18日
Jenkinstown 騸9 R.Chadwick T.Coulthwaite S.Howard
第73回
1911年3月24日
Glenside 騸9 10:35 0/5 J.Anthony R.H.Collis F.Bibby
第74回
1912年3月29日
Jerry M 騸9 E.Piggott R.Gore C.Assheton-Smith
第75回
1913年4月4日
Covertcoat 騸7 P.Woodland R.Gore C.Assheton-Smith
第76回
1914年3月27日
Sunloch 騸8 B.Smith T.Tyler T.Tyler
第77回
1915年3月26日
Ally Sloper 騸6 J.R.Anthony A.Hastings M.Nelson

※1916〜1918年は第一次世界大戦の影響で施行場所をガトウィック競馬場に移し、競走名も変更された。







































施行日 優勝馬 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師 馬主

1916年月日
Vermouth 騸6 J.Reardon J.Bell P.Heybourn

1917年月日
Ballymacad 騸10 E.Driscoll A.Hastings G.Bullough

1918年月日
Poethlyn 騸8 E.Piggott H.Escott Mrs. H.Peel


  • 1916年「The Racecourse Association Steeplechase」

  • 1917、1918年「The War Steeplechase」

























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































回数 施行日 優勝馬 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師 馬主
第78回
1919年3月28日
Poethlyn 騸9 E.Piggott H.Escott H.Peel
第79回
1920年3月26日
Shaun Spadah 騸7 J.Anthony A.Anthony T.Gerrard
第80回
1921年月日
Althorp 騸10 F.Rees G.Poole M.McAlpine
第81回
1922年月日
Music Hall 騸9 L.Rees O.Anthony H.Kershaw
第82回
1923年3月23日
Sergeant Murphy 騸13 G.Bennet G.Blackwell S.Sanford
第83回
1924年3月28日
Master Robert 騸11 R.Trudgill A.Hastings Earl of Airlie
第84回
1925年3月27日
Double Chance 騸9 9:42 3/5 J.Wilson F.Archer D.Goold
F.Archer
第85回
1926年3月26日
Jackhorner 騸9 9:36 0/5 W.Watkinson H.Leader A.Schwartz
第86回
1927年3月25日
Sprig 騸10 T.Leader T.Leader M.Partridge
第87回
1928年3月20日
Tipperary Tim 騸10 W.Dutton J.Dodd H.Kenyon
第88回
1929年3月22日
Gregalach 騸7 9:47 3/5 R.Everett T.Leader M.Gemmell
第89回
1930年3月28日
Shaun Gollin 騸10 T.Cullinan F.Hartigan W.Midwood
第90回
1931年3月27日
Grakle 騸9 R.Lyall T.Coulthwaite C.Taylor
第91回
1932年3月18日
Forbra 騸7 T.Hamey T.Rimell W.Parsonage
第92回
1933年3月24日
Kellsboro' Jack 騸7 D.Williams I.Anthony F.Clark
第93回
1934年月日
Golden Miller 騸7 9:20 2/5 G.Wilson B.Briscoe D.Paget
第94回
1935年3月29日
Reynolds Town 騸8 F.Furlong N.Furlong N.Furlong
第95回
1936年3月27日
Reynolds Town 騸9 F.Walwyn N.Furlong N.Furlong
第96回
1937年3月19日
Royal Mail 騸8 E.Williams I.Anthony H.Thomas
第97回
1938年3月25日
Battleship 牡9 B.Hobbs R.Hobbs M.Scott
第98回
1939年3月24日
Workman 騸9 T.Hyde J.Ruttle A.Maguire
第99回
1940年4月5日
Bogskar 騸7 9:21 0/5 M.Jones Lord Stalbridge Lord Stalbridge
第100回
1946年月日
Lovely Cottage 騸9 B.Petre T.Rayson J.Morant
第101回
1947年3月29日
Caughoo 騸8 E.Dempsey H.McDowell J.McDowell
第102回
1948年3月20日
Sheila's Cottage 牝9 A.Thompson N.Crump J.Procter
第103回
1949年月日
Russian Hero 騸9 L.McMorrow G.Owen F.Williamson
第104回
1950年3月25日
Freebooter 騸9 9:23 3/5 J.Power B.Renton L.Brotherton
第105回
1951年4月7日
Nickel Coin 牝9 9:48 4/5 J.Bullock J.O'Donoghue J.Royle
第106回
1952年4月5日
Teal 騸10 9:20 3/5 A.Thompson N.Crump H.Lane
第107回
1953年3月28日
Early Mist 騸8 B.Marshall M.V.O'Brien J.Griffin
第108回
1954年3月27日
Royal Tan 騸10 9:32 4/5 B.Marshall M.V.O'Brien J.Griffin
第109回
1955年3月26日
Quare Times 騸9 P.Taaffe M.V.O'Brien W.Welman
第110回
1956年3月24日
E.S.B. 騸10 9:21 2/5 D.Dick F.Rimell L.Carver
第111回
1957年3月29日
Sundew 騸11 F.Winter F.Hudson G.Kohn
第112回
1958年3月29日
Mr What 騸8 A.Freeman T.Taaffe D.Coughlan
第113回
1959年3月21日
Oxo 騸8 M.Scudamore W.Stephenson J.Bigg
第114回
1960年月日
Merryman 牡9 9:27 0/5 G.Scott N.Crump W.Wallace
第115回
1961年3月25日
Nicolaus Silver 騸9 9:22 0/5 H.Beasley F.Rimell C.Vaughan
第116回
1962年月日
Kilmore 騸12 9:50 0/5 F.Winter R.Price N.Cohen
第117回
1963年月日
Ayala 騸9 9:35 0/5 P.Buckley K.Piggott P.Raymond
第118回
1964年3月21日
Team Spirit 騸12 9:46 0/5 G.Robinson F.Walwyn J.Goodman
第119回
1965年月日
Jay Trump 騸8 9:31 4/5 T.Smith F.Winter M.Stephenson
第120回
1966年3月26日
Anglo 騸8 9:53 0/5 T.Norman F.Winter S.Levy
第121回
1967年4月8日
Foinavon 騸9 9:49 2/5 J.Buckingham J.Kempton C.Watkins
第122回
1968年3月30日
Red Alligator 騸9 9:29 0/5 B.Fletcher D.Smith J.Manners
第123回
1969年3月29日
Highland Wedding 騸12 9:29 4/5 E.Harty T.Balding T.McKoy Jr.
第124回
1970年4月4日
Gay Trip 騸8 9:38 0/5 P.Taaffe F.Rimell A.Chambers
第125回
1971年4月3日
Specify 騸9 9:34 1/5 J.Cook J.Sutcliffe F.Pontin
第126回
1972年4月8日
Well To Do 騸9 10:08 2/5 G.Thorner T.Forster T.Forster
第127回
1973年3月31日
Red Rum 騸8 9:01.9 B.Fletcher G.McCain N.le Mare
第128回
1974年3月30日
Red Rum 騸9 9:20.2 B.Fletcher G.McCain N.le Mare
第129回
1975年月日
L'Escargot 騸12 9:31.0 T.Carberry D.Moore R.Guest
第130回
1976年4月3日
Rag Trade 騸10 9:20.9 J.Burke F.Rimell P.Raymond
第131回
1977年4月2日
Red Rum 騸12 T.Stack G.McCain N.le Mare
第132回
1978年4月1日
Lucius 騸9 9:33.9 B.Davies G.Richards F.Whitaker
第133回
1979年3月31日
Rubstic 騸10 9:52.9 M.Barnes J.Leadbetter J.Douglas
第134回
1980年月日
Ben Nevis 騸12 10:17.4 C.Fenwick T.Forster R.Stewart Jr.
第135回
1981年月日
Aldaniti 騸11 9.47.2 B.Champion J.Gifford N.Embiricos
第136回
1982年月日
Grittar 騸9 9:12.6 C.Saunders F.Gilman F.Gilman
第137回
1983年月日
Corbiere 騸8 9:47.4 B.de Haan J.Pitman B.Burrough
第138回
1984年3月31日
Hallo Dandy 騸10 9:21.4 N.Doughty G.Richards R.Shaw
第139回
1985年3月30日
Last Suspect 騸11 9:42.7 H.Davies T.Forster A.of Westminster
第140回
1986年4月5日
West Tip 騸9 9:33.0 R.Dunwoody M.Oliver P.Luff
第141回
1987年月日
Maori Venture 騸11 9:19.3 S.Knight A.Turnell J.Joel
第142回
1988年4月9日
Rhyme'n'Reason 騸9 9:53.5 B.Powell D.Elsworth J.Reed
第143回
1989年4月8日
Little Polveir 騸12 10:06.9 J.Frost T.Balding E.Harvey
第144回
1990年4月7日
Mr Frisk 騸11 8:47.8 M.Armytage K.Bailey L.Duffey
第145回
1991年4月6日
Seagram 騸11 9:29.9 N.Hawke D.Barons E.Parker
第146回
1992年4月4日
Party Politics 騸8 9:06.4 C.Llewellyn N.Gaselee P.Thompson
第147回
1994年4月9日
Miinnehoma 騸11 10:18.8 R.Dunwoody M.Pipe F.Star
第148回
1995年4月8日
Royal Athlete 騸12 9:04.1 J.Titley J.Pitman G. & L. Johnson
第149回
1996年3月30日
Rough Quest 騸10 9:00.8 M.Fitzgerald T.Casey A.Wates
第150回
1997年4月7日
Lord Gyllene 騸9 9:05.9 A.Dobbin S.Brookshaw S.Clarke
第151回
1998年4月4日
Earth Summit 騸10 10:51.5 C.Llewellyn N.Twiston-Davies The Summit Partnership
第152回
1999年4月10日
Bobbyjo 騸9 9:14.1 T.Carberry T.Carberry B.Burke
第153回
2000年4月8日
Papillon 騸9 9:09.7 R.Walsh T.Walsh B.Morgan
第154回
2001年4月7日
Red Marauder 騸11 11:00.1 R.Guest N.Mason N.Mason
第155回
2002年4月6日
Bindaree 騸8 9:08.6 J.Culloty N.Twiston-Davies R.Mould
第156回
2003年4月5日
Monty's Pass 騸10 9:21.7 B.Geraghty J.Mangan Dee Racing Syndicate
第157回
2004年4月3日
Amberleigh House 騸12 9:20.3 G.Lee G.McCain Halewood International
第158回
2005年4月9日
Hedgehunter 騸9 9:20.8 R.Walsh W.Mullins T.Hemmings
第159回
2006年4月8日
Numbersixvalverde 騸10 9:41.0 N.Madden M.Brassil O.Carroll
第160回
2007年4月14日
Silver Birch 騸10 9:13.6 R.Powerl G.Elliott B.Walsh
第161回
2008年4月5日
Comply or Die 騸9 9:16.6 T.Murphy D.Pipe D.Johnson
第162回
2009年4月4日
Mon Mome 騸9 9:32.9 L.Treadwell V.Williams V.Bingham
第163回
2010年4月10日
Don't Push It 騸10 9:04.5 A.McCoy J.O'Neill J.McManus
第164回
2011年4月11日
Ballabriggs 騸10 9:01.2 J.Maguire D.McCain T.Hemmings
第165回
2012年4月14日
Neptune Collonges 騸11 9:05.1 D.Jacob P.Nicholls J.Hales
第166回
2013年4月6日
Auroras Encore 騸11 9:12.0 R.Mania S.Smith D.Pryde, J.Beaumont, D.van Der Hoeven
第167回
2014年4月5日
Pineau de Re 騸11 9:09.9 L.Aspell R.Newland J.Proven
第168回
2015年4月11日
Many Clouds 騸8 8:56.8 L.Aspell O.Sherwood T.Hemmings
第169回
2016年4月9日
Rule The World 騸9 9:29.0 D.Mullins M.Morris
第170回
2017年4月8日
One For Arthur 8 9:03.5 D.Fox L.Russell
第171回
2018年4月14日
Tiger Roll 騸8 9:40.1 D.Russell G.Elliott

  • 競走名:1836年〜第4回 「The Grand Liverpool Steeplechase」、第5〜8回 「The Liverpool and National Steeplechase」


日本調教馬の参戦


過去に1頭だけこの競走に参戦した競走馬がいる。日本の中山大障害を4勝したフジノオーである(1966年)。


日本の障害チャンピオンホースとして参戦したフジノオーには当時の規定により最重ハンデの76.2kgのハンデキャップが与えられた。これは、イギリスにおいて必要な競走数をこなしていないため規定により最も重いハンデが課せられた(チャンピオンホースにはハンデを軽くすることは失礼に値するという紳士的な考え方に基づくものという説もある)。なおフジノオーは15番目の障害で馬が飛越を拒否、競走中止となっている。


また日本人騎手として1995年には田中剛がアイルランドのザコミッティ(The Committee)に騎乗、こちらも転倒により競走中止に終わった。


この他、グランドマーチスが挑戦する話があり一部新聞報道されたが計画が具体化する前に故障を発症して引退した。



各国の「グランドナショナル」


このグランドナショナルに倣って、各国でグランドナショナルの名称のつくあるいはそれに準じる競走が行われている。以下がその例である。




  • ウェールズ - ウェルシュナショナル


  • スコットランド - スコティッシュグランドナショナル


  • アイルランド - アイリッシュグランドナショナル


  • フランス - パリ大障害 創設時の名称はグランドナショナル・ド・フランス


  • チェコ - ヴェルカパルドゥビツカ


  • アメリカ合衆国 - グランドナショナルハードル


  • オーストラリア - グランドナショナルハードル、グランドナショナルスティープルチェイス


  • ニュージーランド - グランドナショナルハードル、グランドナショナルスティープルチェイス


  • 日本 - 中山グランドジャンプ、中山大障害



脚注




  1. ^ ICSC 014 International Cataloguing Standards Book GREAT BRITAIN JUMP RACES 2014年11月11日閲覧。


  2. ^ イギリスの障害重賞は"group"でなく"grade"で表記される。また、ハンデキャップ重賞は全てグレード3に格付けされる。


  3. ^ イギリス障害競走で賞金総額第2位のチェルトナムゴールドカップは57万5,000ポンド。


  4. ^ この落馬もあって1周目を終えた頃には僅か7頭のみとなり、2周目での更なる落馬の結果2頭のみが無事故で完走。他に2頭が落馬後再騎乗してゴールインし、計4頭が完走した。


  5. ^ 2001 grand national HQ


  6. ^ John Smiths Grand National Chase 2011


  7. ^ 『ディック・フランシス読本』早川書房編集部編、早川書房、1992年 83-85頁


  8. ^ Devon Loch Grand National Disaster, 1956


  9. ^ Foinavon Wins Grand National after Huge Pile Up Causes Race Shambles(1967)


  10. ^ NHK『世界の競馬 1997年 ドバイワールドカップ』04分20秒〜05分55秒


  11. ^ 1993 Grand National


  12. ^ NHK『世界の競馬 1997年 ドバイワールドカップ』00分54秒〜04分11秒、06分07秒〜06分20秒



各回競走結果の出典



  • レーシング・ポストより(最終閲覧日:2017年8月16日)


    • 1988, 1989, 1990, 1991, 1992, 1994, 1995, 1996, 1997, 1998,


    • 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008,


    • 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2014, 2015, 2016, 2017, 2018




外部リンク




  • Aintree Racecourse - エイントリー競馬場


  • BBC SPORT - 英国の放送局BBCによる2005年のグランドナショナル紹介ページ








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