新日鐵住金釜石製鐵所






釜石製鉄所(2013年6月1日)


新日鐵住金釜石製鐵所(しんにってつすみきんかまいしせいてつじょ)は、岩手県釜石市鈴子町にある、新日鐵住金の工場である。同社棒線事業部の管轄である。




目次






  • 1 概要


  • 2 沿革


  • 3 アクセス


  • 4 脚注


  • 5 関連項目


  • 6 参考文献


  • 7 外部リンク





概要


日本の近代製鉄業発祥の地・釜石に立地する工場で、八幡製鐵所よりも早くに操業を開始した日本最古の製鉄所である。官営の製鉄所として1880年(明治13年)に操業を開始するが、満足な成果を出せず3年後に閉鎖。軌道に乗ったのは民間人である田中長兵衛に払い下げられた後の1886年(明治19年)以降のことである。戦前までは比較的大規模な製鉄所であったが、戦時中に釜石艦砲射撃で壊滅。戦後復活し、1950年(昭和25年)の日本製鐵解体後は富士製鐵の主力製鉄所の一つとなるものの、1960年代から縮小が始まり、新日鉄発足後の1989年(平成元年)に高炉を休止したため現在は銑鋼一貫製鉄所ではない。


現在は線材の生産拠点で、新日鐵住金の棒線事業部という事業部の下に置かれる。かつては製銑・製鋼用の設備、鋼板や形鋼・棒鋼用の圧延設備があったが、現在は線材圧延設備以外存在しない。敷地面積は344万平方メートル、従業員数は310人である(2017年10月1日時点)。


製品の線材は鋼を細く圧延しコイル状に巻いた鋼材で、釜石で製造される線材の種類には低炭素鋼・中炭素鋼線材や、ばねやケーブルに使用される高炭素鋼線材、ボルトなどの部品の材料に使用される冷間圧造(鍛造)用線材、ラジアルタイヤに使用されるスチールコード用線材、溶接用線材などがある。


鉄鋼分野の設備ではないが、新日鐵住金の独立発電事業 (IPP) の拠点の一つでもあり、火力発電所を設置し、東北電力に発電した電力を供給。14万9,000kW/hの出力は岩手県内で最大の出力を誇り、2015年からは木質バイオマス燃料の使用を開始した[1]



沿革




  • 日鉄時代まで


    • 1858年1月15日(安政4年12月1日) - 南部藩士の大島高任が日本で初めて高炉法で出銑に成功。その功績を讃え、1958年(昭和33年)から12月1日が「鉄の記念日」となっている。


    • 1880年(明治13年)9月13日 - 官営釜石製鉄所発足・操業開始。


    • 1883年(明治16年) - 官営釜石製鉄所閉鎖。


    • 1884年(明治17年) - 田中長兵衛が製鉄所の一部設備の払い下げを受ける。


    • 1886年(明治19年)10月16日 - 49回目の挑戦で、製鉄所として初めての出銑(銑鉄の製造)に成功。この10月16日は釜石製鐵所の創立記念日となっている。


    • 1887年(明治20年)7月 - すべての製鉄所設備の払い下げを受け、釜石鉱山田中製鉄所を設立。


    • 1894年(明治27年) - 日本初のコークス銑産出に成功。11月には本格的なコークス炉が稼動し、以後出銑量が急速に増加。


    • 1901年(明治34年) - 官営八幡製鐵所の操業開始に当たり、選抜された7名の高炉作業者を派遣する。


    • 1903年(明治36年) - 平炉により製鋼作業を開始。銑鋼一貫製鉄所となる。


    • 1916年(大正5年)3月 - 小形工場を設置。


    • 1917年(大正6年)3月 - 田中鉱山株式会社発足、同社釜石鉱業所となる。


    • 1919年(大正8年)10月 - 中形工場を設置。


    • 1924年(大正13年)7月11日 - 田中鉱山が三井鉱山の傘下に入り、釜石鉱山株式会社に社名変更。


    • 1934年(昭和9年)2月1日 - 日本製鐵株式會社(日鉄)の発足に伴い、同社の釜石製鉄所となる。


    • 1940年(昭和15年)11月 - 大形工場を設置。


    • 1945年(昭和20年)7月14日 - 日本本土初の米海軍による艦砲射撃で被害を受ける(釜石艦砲射撃)。

    • 1945年(昭和20年)8月9日 - 第2回目の艦砲射撃。製鉄所は壊滅状態になり、操業を停止。10月以降順次操業再開。


    • 1948年(昭和23年)5月15日 - 高炉操業を再開。




  • 富士製鐵時代


    • 1950年(昭和25年)4月1日 - 日鉄の解体に伴い、富士製鐵株式會社釜石製鐵所として発足。

    • 1950年(昭和25年)10月1日 - 八幡製鐵所より旧式のプル・オーバー式圧延機を移設し、薄板工場を設置。


    • 1952年(昭和27年)10月 - 大形工場で重軌条(鉄道用レール)の製造を開始。


    • 1958年(昭和33年)11月 - 薄板工場休止、熱延鋼板の製造を終了。


    • 1960年(昭和35年)1月 - 大形工場で鋼矢板の製造を開始。


    • 1961年(昭和36年)10月24日 - 線材工場(現存)を設置。


    • 1962年(昭和37年)11月 - 小形工場休止。小形棒鋼を製造していた。


    • 1964年(昭和39年)2月 - 中形工場休止。溝形鋼や山形鋼を製造していた。


    • 1965年(昭和40年)1月20日 - 大形工場で、小サイズのH形鋼の製造を開始。

    • 1965年(昭和40年)8月25日 - 転炉を新設。


    • 1969年(昭和44年)4月 - 平炉による製鋼を休止し、転炉製鋼に集約。

    • 1969年(昭和44年)7月1日 - 連続鋳造設備を新設。


    • 1970年(昭和45年)3月15日 - 独占禁止法違反回避(新日本製鐵#発足の経緯参照)のため、日本鋼管にレール製造設備を譲渡。




  • 新日本製鐵時代

    • 1970年(昭和45年)3月31日 - 新日鉄発足、同社の釜石製鐵所となる。


    • 1980年(昭和55年)3月26日 - 大形工場休止。


    • 1986年(昭和61年)10月 - 創業100年。


    • 1989年(平成元年)3月25日 - 高炉を停止。あわせて転炉・連続鋳造設備なども休止。


    • 2000年(平成12年)7月1日 - 電力事業用発電設備が営業運転を開始。


    • 2011年(平成23年) - 東北地方太平洋沖地震により設備の一部が損壊。




  • 新日鐵住金時代

    • 2012年(平成24年) - 新日本製鐵と住友金属工業が合併し新日鐵住金が発足。




アクセス



  • JR釜石線・三陸鉄道南リアス線、釜石駅下車徒歩5分。


脚注


[ヘルプ]




  1. ^ http://www.nssmc.com/news/20150219_100.html




関連項目



  • 釜石市

  • 鈴木善幸

  • 三鬼隆

  • 永野重雄


  • 釜石鉱山田中製鉄所 - 釜石製鐵所の前身にあたる製鉄所。


  • 釜石鉱山 - 釜石製鐵所に鉄鉱石を供給した鉱山。


  • 釜石鉱山鉄道 - 鉱山と製鉄所を結んだ鉄道路線。

  • せいてつ記念病院 - 釜石製鐵所の元付属病院。1990年に独立して医療法人楽山会が運営。

  • 釜石共栄 - かつて釜石市内に展開していたスーパーマーケット。釜石製鐵所の購買部が前身。


  • 釜石製鐡所山神社 - 当所の守護神社


  • スポーツ部


    • 釜石シーウェイブス - 製鉄所のラグビー部を前身とするラグビークラブ。


    • 新日本製鐵釜石硬式野球部 - 山田久志らが所属した製鉄所の硬式野球部。


    • 新日鐵住金釜石サッカー部 - 三浦俊也らが所属した製鉄所のサッカー部。




参考文献



  • 『日本製鐵株式會社史』 日本製鉄株式会社史編集委員会、1959年。

  • 新日本製鐵 『炎とともに』富士製鐵株式會社史・新日本製鐵株式會社十年史、新日本製鐵、1981年。



外部リンク


  • 釜石製鐵所


座標: 北緯39度16分18.6秒 東経141度52分9.5秒 / 北緯39.271833度 東経141.869306度 / 39.271833; 141.869306







Popular posts from this blog

android studio warns about leanback feature tag usage required on manifest while using Unity exported app?

SQL update select statement

WPF add header to Image with URL pettitions [duplicate]