イヌクティトゥット語
この項目には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(イヌクティトゥット語のカナダ先住民文字)が含まれています | 。
イヌクティトゥット語 | |
---|---|
ᐃᓄᒃᑎᑐᑦ | |
話される国 | ![]() |
地域 | カナダ北部 |
話者数 | およそ3万5千人 |
言語系統 | エスキモー・アレウト語族
|
表記体系 | カナダ先住民文字 ラテン文字 |
公的地位 | |
公用語 | カナダの一部の州で準公用語 |
統制機関 | Inuit Tapiriit Kanatami |
言語コード | |
ISO 639-1 | iu |
ISO 639-2 | iku |
ISO 639-3 | iku – マクロランゲージ 個別コード: ike — 東部カナダ・イヌクティトゥット語ikt — 西部カナダ・イヌクティトゥット語 |
イヌクティトゥット語(英:Inuktitut 原語表記:ᐃᓄᒃᑎᑐᑦ )は、カナダのエスキモー系民族のイヌイットにより広範に話される言語である。言語名の意味は「イヌイットのように」。
目次
1 概要
2 方言と派生語
2.1 ノースウエスト準州とユーコン準州
2.2 ヌナブト準州
2.3 ヌナヴィク地域
2.4 ヌナツィアヴト地域
3 音韻論と音声
3.1 イヌクティトゥット語の母音
3.2 イヌクティトゥット語 (Inuujingajut) の子音とIPA表記
4 形態論と文法
5 記法
6 カナダ式記法と字音表
7 参考資料
8 外部リンク
8.1 辞書
概要
カナダ北部のほとんどの地域に話者が存在する。具体的には、高木限界以南、ニューファンドランド・ラブラドール州、ケベック州を中心に、マニトバ州北東部、ヌナブト準州、ノースウエスト準州で話されている。また、以前はユーコン準州の北極海側でも話されていた。
イヌクティトゥット語は、ヌナブト準州とノースウェスト準州で公用語となっている。また、ケベック州のヌナヴィク地域では、法的に使用が承認されている。これは、ジェームス湾及びケベック北部協定によるもので、文字を含めてフランス語とイヌクティトゥット語の学校教育が実施されている。同様に、カナダの連邦政府とニューファンドランド・ラブラドール州との協定批准により、ラブラドル半島のイヌイット地域であるヌナツィアヴト(Nunatsiavut)地域でも法的に使用が承認されている。
カナダの簡素な人口統計によれば、約3万人のイヌクティトゥット語話者がカナダ国内に存在すると推定される。この数値は、イヌイット居住地域外の約200人の話者も含んでいる。
方言と派生語

北極海周辺のイヌイット諸語の分布状況
グリーンランドやアラスカを含む、イヌクティトゥット語とイヌイット諸語の関係については、エスキモー諸語を参照。
イヌイットの生活圏は大変広く、イヌクティトゥット語には多種多様な方言と派生語が存在する。
ノースウエスト準州とユーコン準州
カナダ・ノースウエスト準州のイヌイットは、自分たちを Inuvialuit と呼んでいる。彼らのほとんどは Inuvialuit 居留地域に住んでいるが、マッケンジー川北部の一部、ノースウェスト準州とユーコン準州の北極海沿い、バンクス島、ヴィクトリア島の一部にも住んでいる。また、北極海の遠い島々にも不規則に住んでいる。
ノースウェスト準州のイヌイット諸語の派生語は、しばしば Inuvialuktun としてイヌクティトゥット語と共に扱われるが、それは誤解を招く不適切なものである。Inuvialuit 族の話す派生語は、次の3つの別々の方言を包含する。
- Kangiryuamiutun
- 主にホールマンのコミュニティーで話されている。この方言は、ヌナブト準州西部の Inuinnaqtun 方言と、本質的には同一である。
- Siglitun
- 主に、ポーラツク、サックスハーバー、ツクトヤクツクのコミュニティーで話されている。この方言は、マッケンジー川デルタ地帯とその周辺の沿岸地域、北極海の島嶼で話される主要な方言であったが、19世紀に発生した大規模な疫病の流行によって話者が劇的に減り、長い間、Siglitun方言は死語になったと信じられていた。地域外の人間は、1980年代になってようやく、この方言がまだ話されていることを認識した(Dorais, Arctic languages: an awakening (英語, PDF), 194ページ)。
- Uummarmiutun
- イヌヴィクと Aklavik のコミュニティーで話されている。この方言は、基本的にはアラスカ・イヌピアトゥン方言と同一であったが、アラスカ購入によりカナダと分離されたため、現在ではカナダのイヌイット方言扱いとなっている。彼らは、前述の19世紀の疫病流行により、伝統的な居住地だったSiglit地方への再移住を放棄した [1](英語)。
Inuvialuktun方言は絶滅の危機にあり、英語が近年コミュニティーの共通言語となっている。ノースウエスト準州におけるイヌクティトゥット語使用状況の調査は様々だが、いずれも使用状況に勢いがないという点で一致している。Inuvialuit Cultural Resource Centre によれば、4,000人の Inuvialuit 話者のうち10%はイヌクティトゥット語のどんな語形も話し、4%が家でのみ Inuvialuit を話しているという [2](英語)。2001年に行われたカナダの統計調査報告は、わずかだが良い結果を示している。自分は Inuvialuit であると申告した人口3,905人のうち、765人が自分は Inuvialuit 方言話者であると申告している。
しかし、この地方での非イヌイット居住者の多さと、Inuvialuit 方言話者の減少、共通方言の不足を考慮すると、ノースウエスト準州におけるイヌイット諸語の将来は暗く見える。
ヌナブト準州
ヌナブト準州は地理学的に、イヌイット生活圏としては、カナダで最大である(グリーンランドの居住に適さないアイス・シールド地域を除くとしても)。大陸だけでなく、大きな川やハドソン海峡を含む海峡に隔てられた島々、年の一部は凍っている海洋エリアも含まれる。このため、居住者の方言に大きな多様性があることは、驚くべきことではない。
ヌナブト準州の基本法では、公用語は英語、フランス語、イヌクティトゥット語、Inuinnaqtun 方言の四つと定められている。しかし、イヌクティトゥット語と Inuinnaqtun 方言は別の言語として規定されているものの、州の方針はこの二つの区別について曖昧である。Inuktitut という単語は、しばしば両方を表すものとして使われる。
イヌクティトゥット語話者の人口分析は、ヌナブト準州において特に多数を占める。ヌナブト準州には24,000人のイヌイット居住者がおり、彼らのほとんど、2001年統計によれば80%がイヌクティトゥット語話者である。この人数には、3,500人の単一言語使用者を含む。同2001年統計データによれば、高齢者にくらべ若者のイヌクティトゥット語使用率は低いが、カナダ全体で見るとイヌクティトゥット語話者の減少傾向が停止しており、ヌナブト準州においては増加をみせている。
- Inuinnaqtun
- ヌナブト準州の Kitikmeot 地域西部と、ノースウエスト準州のホールマンで話されている。これはイヌクティトゥット語の特定の方言として多くの特徴を持つが、最も特筆すべきは、伝統的なイヌクティトゥット語音節の欠乏である。ヌナブト準州当局は、この方言を公用語の一つとしているが、多数はそれを単なるイヌクティトゥット語のローマ文字化と考えている。しかしながら、Inuinnaqtun 方言のローマ字での表記は、ヌナブト準州の西部において、独特の表記法で行われている。
- Natsilingmiutut
- Natsilik と呼ばれる Kitikmeot 東部の一部で話される。何人かは、Utkuhiksalingmiutut 方言とみる。これは現在では、Gjoa Heaven で話されるが、過去はフランクリン湖及び Chantrey Inlet 地域で話されていた方言で、別のものである。
- Kivallirmiutut
- Kivalliq 地域からマニトバ州境までの地域で話される。
- Aivilimmiutut
- もと Aivilik と呼ばれていた、Kivalliq のサウサンプトン島とレパルスベイ、およびQikiqtaaluk 地域のメルヴィル半島にかけて話される。この地域には、もともと Sadlermiut が住んでいたが、19世紀後期から20世紀初頭までの間に消滅してしまった。その後にイヌイットが移住した。何人かの言語学者は、個別の方言として分けるには North Baffin にあまりにも近いと指摘している(Dorais, Arctic languages: an awakening (英語, PDF), 194ページ)。
- North Baffin (Qikiqtaaluk uannangani)
- バフィン島の北部の一部、Iglulik 、メルヴィル半島の近くの一部地域、Nunavut 北のイヌイット・コミュニティー(Resolute や Grise Fiordなど)の一部で話されている。この方言は、映画 "Atanarjuat: the Fast Runner"(邦題:氷海の伝説)で聞くことができる。
- Southern Baffin (Qikiqtaaluk nigiani)
- 準州都イカルイトを含む、バフィン島の南部で話されている。この方言は、イカルイトにイヌクティトゥット語のメディアができて以来、ここ何年かで広く聞かれるようになってきた。何人かの言語学者は、North Baffin または South Baffin のいずれかから、East Baffin 方言を識別する。
ヌナヴィク地域
ケベック州はおよそ10,000人のイヌイット居住地で、ほぼ全員がヌナヴィク(Nunavik)地域に住んでいる。2001年の統計では、ケベック州内のイヌイットの90%はイヌクティトゥット語を話すことができる。
Nunavik 方言 (Nunavimmiutitut)は、South Baffin 方言に近い関係にあるが、同一ではない。理由として、Nunavik と Nunavut には政治的および物理的距離がある。Nunavik は、他の地域と違い、個別の政府と教育機関を持っている。結果として、他の地方で育ちつつある独立したイヌクティトゥット語方言を標準化することにもなっている。Nunavik 方言では、イヌクティトゥット語は Inuttitut と呼ばれる。この方言自体は、時折 Tarramiutut または Taqramiutut と呼ばれる。
ヌナツィアヴト地域
Nunatsiavut 方言 (Nunatsiavummiutut 、政府文書では時折 Labradorimiutut とも)は、ニューファンドランド・ラブラドール州のラブラドール地方北部のみで話されている。明確な記法を持っているが、これは1760年代、グリーンランドのモラヴィア教会から来たドイツ人宣教師が考案したものである。この、他のイヌクティトゥット語と異なる記法と、Nunatsiavut と他のイヌイット・コミュニティーとの距離が、独特の異なった方言を形成する要因となった。この方言では、彼ら自身の方言を Inuttut と呼んでいる。
Nunatsiavut の話者がいる地域では、イヌイット人口を4,000人以上と主張している。しかし2001年の統計では、自分をイヌクティトゥット語母語話者と認識しているのは550人のみ、と報告されている。特に Nain の町で顕著である。ラブラドルにおいては、イヌクティトゥット語は危機に瀕していると言える。
Nunatsiavut 方言はまた、世評によれば西部イヌクティトゥット方言に近く、話者が Rigolet 地域にいると言われている。しかし、1999年の新聞報道では、その地域での話者は、老人3人のみであった。[3]
音韻論と音声
- より理解を深めるには、英語版ウィキペディアの Inuit language phonology and phonetics も参照されたい。
イヌクティトゥット語のカナダ東部方言は15の子音と3つの母音(それぞれ長音と短音がある)を持っている。子音は、調音部位では両唇音、歯茎音、硬口蓋音、軟口蓋音、口蓋垂音があり、調音方法では無声破裂音、有声継続音、有声鼻音がある。さらに、無声摩擦音もよく使われる。Natsalingmiutut では、原始イヌイット諸語の影響を受けた形跡がみられる、そり舌音 [ɟ] が見られる。Inuinnaqtunでは、[s]と[ɬ]は[h]に統合される。
全てのイヌクティトゥット語方言は3つの基本的な母音しか持っておらず、長母音と短母音を音韻論的に区別する。Inuukingajut、すなわちヌナブト準州での標準ローマ字記法では、長音は重母音として表記する。
イヌクティトゥット語の母音
IPA | Inuujingajut | 備考 |
|
---|---|---|---|
短音の開前舌非円唇母音 |
a | a | |
長音の開前舌非円唇母音 |
aː | aa | |
短音の狭前舌非円唇母音 |
i | i | 短音の i は、ときどき e または ɛ となる。 |
長音の狭前舌非円唇母音 |
iː | ii | |
短音の狭後舌円唇母音 |
u | u | 短音の u は、ときどき o または ɔ となる。 |
長音の狭後舌円唇母音 |
uː | uu |
イヌクティトゥット語 (Inuujingajut) の子音とIPA表記
唇音 | 歯茎音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | 備考 |
|
---|---|---|---|---|---|---|
無声破裂音 |
p p |
t t |
k k |
q q |
|
|
無声摩擦音 |
s s ł ɬ (h h) |
|
||||
有声音 |
v v |
l l |
j j (j ɟ) |
g g |
r ɢ |
|
鼻音 |
m m |
n n |
ng ŋ |
|
形態論と文法
- より理解を深めるには、英語版ウィキペディアの Inuit language morphology and syntax も参照されたい。
他のエスキモー・アレウト語族のように、イヌクティトゥット語も非常に豊富な形態論システムを持っている。他の言語との違いでもっとも成功している部分は、事態を表す基語が形態素として加えられていることである。たとえば英語のような言語では、同じことを表現するのにいくつかの単語を必要とする(膠着語と抱合語を参照)。全ての単語は根形態素 root morpheme で始まり、他の形態素が接尾辞として添えられる。イヌクティトゥット語は100語以上の異なった接尾辞を持っており、いくつかの方言では700語近い。
幸運にも、学習者から見て、この言語は非常に規則的な形態論を持っている。とても複雑なルールもあるが、その複雑さの程度は、英語やインド・ヨーロッパ語族ほどではない。
記法
イヌクティトゥット語は、方言、地域、さらに歴史的・政治的要因に起因して、いくつかの異なる記法を持っている。
イヌクティトゥット語の記法を最初に始めたのは、前述の通りラブラドルに来たモラヴィア宣教師達である。彼らはグリーンランド語とラブラドルで使われていた方言に、文字 kra を加えて、ローマ文字アルファベットによる記法を開発した。このグリーンランド方式は、ラブラドル方言独特の記述のため、カナダ先住民記法を基礎に、近年根本的に改良された。
ヌナブト準州の西部とノースウエスト準州では、Inuinnaqtun をローマ文字アルファベット記法で書き表している。これは、19世紀末から20世紀初頭にかけてこの地域に到達した宣教師の影響が大きい。
カナダ式記法と字音表

イヌクティトゥット語 (titirausiq nutaaq) の字音表。文字の上に付いているドットは長音記号であり、ラテン文字に転記する際には、重母音として表現される
- 詳細は Inuktitut syllabics (英語)を参照。
カナダで使われているイヌクティトゥットの文字(カナダ先住民文字)は、1870年代にイギリス人宣教師のエドモンド・ペックがクリー文字をもとにして考案したものである。1970年代にカナダ・イヌイット文化協会 Inuit Cultural Institute in Canada は、カナダ・イヌクティトゥット記法を用いた。アラスカのイヌイット、Inuvialuit 、Inuinnaqtun 話者、グリーンランドのイヌイット、ローマ文字を使うラブラドルのイヌイットは、それぞれ別の記法を用いている。
イヌクティトゥット文字表は、慣例通り「字音表 Syllabary」とされていたが、これをアブギダとする意見があり、いくつかの子音が、文字として認識された。
全てのイヌクティトゥット文字は、ユニコード3.0文字セットに収録され、利用可能になった( Unified Canadian Aboriginal Syllabics character table(英語)を参照)。ヌナブト準州政府は、Pigiamiq フォントをTrueType形式で提供している。これは、バンクーバーに拠点を置く Tiro Typeworks 社がデザインした。
参考資料
Inuktitut Linguistics for Technocrats, Mick Mallon.
Introductory Inuktitut and Introductory Inuktitut Reference Grammar, Mick Mallon, 1991. ISBN 0771702302 and ISBN 0771702353
Inuktitut: A multi-dialectal outline dictionary (with an Aivilingmiutaq base), Alex Spalding, 1998. ISBN 1896204295
Inuktitut: a Grammar of North Baffin Dialects, Alex Spalding, 1992. ISBN 0920063438
Arctic Languages: An Awakening, ed: Dirmid R. F. Collis. ISBN 92-3-102661-5 ユネスコのWebサイトからPDFで入手可能.
小説やイヌクティトゥットのテキストの例は、Introductory Inuktitut や Inuktitut Linguistics for Technocrats で読むことができる。
外部リンク
- A Brief History of Inuktitut Writing Culture
- Inuktitut Syllabarium
- Our Language, Our Selves
- Government of Nunavut font download
辞書
- Inuktitut - English Dictionary
- Nunavut Living Dictionary
- Inuktitut Morphology List
|