戦後
戦後(せんご、英:Post-war)は、戦争の終結後の短期または長期的な期間を指す言葉・概念。
戦争では多くの破壊や社会システムの大変革が行われるため、戦争が終結した後は社会体制などが新しく作り直され、価値観まで変化する。
このため、大きな戦争を一つの時代の区切りとして、戦前・戦中・戦後という区分をする。
「戦後」はしばしば、戦争による混乱を抜けきっていない時代という意味合いを併せ持つ。
しかし、終わりを設けず現在までを含めることもある[注 1]。一時は流行語となった。
目次
1 第二次世界大戦後
1.1 日本での「戦後」の位置づけ
1.2 第二次世界大戦後の日本の年表
1.2.1 戦後混乱期(占領期)
1.2.2 戦後復興期
1.2.3 高度経済成長期
1.2.4 安定成長期
1.2.4.1 バブル経済期
1.2.5 低成長期
2 その他の戦後
2.1 スイス
2.2 アメリカ
2.3 その他
3 脚注
3.1 注釈
3.2 出典
4 関連項目
5 外部リンク
第二次世界大戦後
日本での「戦後」の位置づけ
日本の歴史 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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![]() 新幹線0系電車(1964年10月開業) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Category:日本のテーマ史 |
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21世紀の日本において、戦後とは、第二次世界大戦(太平洋戦争)終結後を指す。
ただし、その時期については明確な定義はなく、太平洋戦争(1941年 - 1945年)を挟み、戦前・戦後と区別するという長期的な定義や戦後とは一度焼野原になった日本が再び国際社会の一員となり、「もはや戦後ではない」[注 2]といわれた1956年(昭和31年)までの激動の期間と定義する意見として、1975年(昭和50年)頃から1993年(平成5年)頃までの1970年代後半から1990年代初期の時期(安定成長期)を、「戦後」ひいては“近代”の終わりと規定する考察もある(故にポストモダンという言葉が大いに流行った。中曽根康弘首相による「戦後政治の総決算」なる言葉もある)。
日本においては戦後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)により様々な戦後改革が実施されたこと、連合国軍占領期以降アメリカ合衆国やイギリス、フランスなどからの文化が戦前より広範にもたらされたこと、新技術が開発されたことなどにより、戦前・戦中に比べて社会システムが急速に大きく変化したため、他の国よりも「戦後」という言葉のもつ意味合いは大きい。日本は第二次世界大戦以後、大規模な国際紛争・戦争に巻き込まれていないため、「戦後」=「第二次世界大戦後から現在」というイメージが固定されている。
太平洋戦争(大東亜戦争)終結を具体的にいつとみなすかは種々の意見があるため、“戦後”の始まりについても同様に種々の意見がある。玉音放送によってポツダム宣言を受諾し日本が降伏したことを多数の日本国民が知ることになった日(1945年(昭和20年)8月15日)を戦後の始まりとする意見、ならびに同じく1945年(昭和20年)8月23日終結のソ連に対する樺太の戦いの終結をもって始まりとする意見、1952年(昭和27年)4月28日の日本国との平和条約の発効までは、占領期間であり、文書を調印し、独立国家としての主権が回復し歩みだした以降を“戦後”とする意見。なお、2013年(平成25年)には第2次安倍内閣(安倍晋三首相)により今上天皇・皇后美智子の臨席の下に「主権回復の日記念式典」が挙行された。「終戦の日#日本」も参照)、さらには沖縄返還の1972年(昭和47年)5月15日において沖縄県を含む全47都道府県の日本の領土がほぼ確定したことを始まりとする意見が存在する[注 3]。
今日では特に日本人にとって精神的に大きな影響を与えた1945年(昭和20年)8月15日以降を戦後の始まりとし、太平洋戦争を挟み「戦前」・「戦後」として区分し、認識されている場合が多い。この1945年(昭和20年)を「戦後0年」として、現在の年を「戦後n年」と表現することもあり、2019年は「戦後74年」に当たる。
“戦後”という用語・概念は、日本人・日本にとって1603年(慶長8年)の江戸幕府成立や、1868年(明治元年)の明治維新以来の非常に大きな変革を及ぼした。第二次世界大戦の経験を踏まえ、国民主権と戦争放棄・恒久平和主義を謳う日本国憲法を新たに制定した日本はアメリカ合衆国と軍事同盟を締結し西側陣営の資本主義・民主主義国家の一員として国際社会に復帰し、高度経済成長を経て世界第2位の経済大国となった。1989年(平成元年)に冷戦終結、ソ連崩壊により冷戦期の仮想敵国であった東側陣営が消滅して国際社会が多様化し、多極化する世界で、再び「戦後」という概念は日本の針路に大きな影響を及ぼしてきているとして、さまざまな論争が行われている。
第二次世界大戦後の日本の年表
戦後混乱期(占領期)
1945年(昭和20年)
8月14日 ポツダム宣言受諾。
8月15日 正午(日本時間。グリニッジ標準時午前3時) 玉音放送でポツダム宣言受諾(日本の降伏)が国民に公表される。
9月2日 戦艦ミズーリ艦上において降伏文書に調印(日本の降伏)。
1946年(昭和21年)
1月1日 昭和天皇の「人間宣言」。
11月3日 大日本帝国憲法の改正手続を経て、日本国憲法公布。
1947年(昭和22年)5月3日 日本国憲法施行、大日本帝国憲法失効。
1949年(昭和24年) ドッジ・ライン(安定恐慌)。
戦後復興期
1950年(昭和25年) 朝鮮戦争(朝鮮特需)。
1951年(昭和26年)9月8日 一部の連合国との日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保)調印。
1952年(昭和27年)4月28日 日本国との平和条約発効、日本の主権回復。
1954年(昭和29年)
3月1日 ビキニ環礁で水爆実験(キャッスル作戦)、第五福竜丸の乗組員が被曝する。
7月1日 警察予備隊から保安隊と編制を経て、自衛隊(陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊)設立。防衛庁(現在の防衛省)設置。- この年の12月から、神武景気が始まる。
高度経済成長期
1955年(昭和30年)
10月13日 社会党の右派と左派が再統一され、日本社会党が成立。
11月15日 保守合同により自由党と日本民主党が合併し、自由民主党が成立(いわゆる「55年体制」の始まり)。
1956年(昭和31年)
10月16日 ソビエト連邦との日ソ共同宣言調印。
12月18日 国際連合加盟。- 『経済白書』で「もはや戦後ではない」という言葉が使われる。
1957年(昭和32年) なべ底不況。
1958年(昭和33年) 岩戸景気。
1960年(昭和35年)6月19日 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新安保)調印。
1962年(昭和37年)から、オリンピック景気が始まる。
1964年(昭和39年)
10月1日 東海道新幹線開通。
10月10日 - 10月24日 東京オリンピック開催。
11月8日 - 11月12日 東京パラリンピック開催。
1965年(昭和40年)6月22日 大韓民国(韓国)との間に日韓基本条約を締結。
- この年から、いざなぎ景気が始まる。
1966年(昭和41年) 日本の総人口が1億人を突破。
1967年(昭和42年)2月11日 前年施行の改正祝日法適用および「建国記念の日となる日を定める政令」施行により、1873年(明治6年)に定められ1948年(昭和23年)に廃止された旧祝祭日の紀元節[注 4]が、国民の祝日の一つ「建国記念の日」として事実上復活。
1970年(昭和45年)3月14日 - 9月13日 日本万国博覧会開催。
1971年(昭和46年) ニクソン・ショック。
1972年(昭和47年)
2月3日 - 2月13日 札幌オリンピック開催。
5月15日 アメリカ合衆国からの沖縄返還、日米両政府間の沖縄返還協定発効による沖縄県の日本復帰。
9月29日 中華人民共和国との日中共同声明調印。
安定成長期
1973年(昭和48年) 第一次オイルショック。
1976年(昭和51年) ロッキード事件。
1978年(昭和53年)8月12日 日中友好条約調印。
1979年(昭和54年) 第二次オイルショック。
1982年(昭和57年)11月27日 中曽根康弘が「戦後政治の総決算」を掲げ第72代内閣総理大臣に就任。
1985年(昭和60年)
4月1日 日本電信電話公社・日本専売公社が民営化、日本電信電話(NTT)・日本たばこ産業(JT)の発足。
9月22日 プラザ合意(円高不況)。
バブル経済期
1986年(昭和61年)12月から、バブル景気(平成景気)が始まる。
1987年(昭和62年)
2月22日 ルーブル合意。- 4月1日 国鉄分割民営化。JRグループの発足。
1988年(昭和63年) リクルート事件。
1989年(昭和64年/平成元年)1月7日 昭和天皇が崩御、皇太子明仁親王が第125代天皇に践祚(今上天皇)。
1月8日 元号法の規定により、元号が平成に改められる。
12月29日 日経平均株価史上最高値に(ザラ場 38957.44円、終値38915.87円)
低成長期
1991年(平成3年)
6月5日 - 9月11日 初の自衛隊海外派遣(海上自衛隊のペルシャ湾派遣)。
12月25日 ソ連崩壊。- この年の3月から、いわゆるバブル崩壊(失われた20年)が始まる。
1993年(平成5年)8月9日 細川護熙が首相に就任、細川内閣成立により55年体制崩壊。
1995年(平成7年) 戦後50年
1月17日 兵庫県南部地震、阪神・淡路大震災発生。
3月20日 地下鉄サリン事件発生。- 8月15日 村山改造内閣下で、村山富市首相による村山内閣総理大臣談話「戦後50周年の終戦記念日にあたって」が発表される。
1996年(平成8年) 民主党結成。
1997年(平成9年) アジア通貨危機。
1998年(平成10年)
2月7日 - 2月22日 長野オリンピック開催。
3月5日 - 3月14日 長野パラリンピック開催。
2000年(平成12年)
ITバブル崩壊。
12月1日 BSデジタル放送開始。
2001年(平成13年)1月6日 中央省庁再編
2002年(平成14年)5月31日 - 6月30日 サッカーワールドカップを大韓民国と日本が共催。
2003年(平成15年)12月1日 3大都市圏である東京・大阪および名古屋のNHK3局、民放16社から地上デジタル放送開始。
2005年(平成17年) 戦後60年。日本の総人口の減少が始まる。
2006年(平成18年)
9月26日 「戦後レジームからの脱却」を公約に掲げた安倍晋三が、自由民主党総裁及び第90代内閣総理大臣に就任(初の戦後生まれの総理大臣となる)、第1次安倍内閣発足。
12月1日 全47都道府県庁所在地および近接市町村で地上デジタル放送開始。
12月22日 教育基本法改正公布・施行。
2007年(平成19年)
1月9日 防衛庁が防衛省に移行。
5月14日 日本国憲法の改正手続に関する法律成立(同年5月18日公布)。
2008年(平成20年) 世界金融危機(リーマン・ショック)。
2009年(平成21年)9月16日 鳩山由紀夫が首相に就任、鳩山由紀夫内閣が発足(民主党による本格的政権交代が実現)。
2010年(平成22年) 欧州ソブリン危機。
2011年(平成23年)
3月11日 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)・福島第一原子力発電所事故発生。
7月24日 東北地方太平洋沖主要被災3県(岩手県、宮城県、福島県)を除く44都道府県の全局が地上アナログテレビ放送停波、地上デジタル放送へ完全移行。
2012年(平成24年)
3月31日 東日本大震災の影響で延期されていた岩手県、宮城県、福島県の3県の地上アナログテレビ放送停波、日本全国での地上デジタル放送化が完了した。
12月26日 第2次安倍内閣が発足(自民党による政権奪還が実現、公明党との自公連立政権が復活)。
2013年(平成25年)12月13日 特定秘密保護法公布。
2014年(平成26年)12月10日 特定秘密保護法施行。
2015年(平成27年)戦後70年。
8月14日 第97代内閣総理大臣の安倍晋三が、第3次安倍内閣における閣議決定に基づき「安倍内閣総理大臣談話」を発表。
9月19日 自公連立政権の下で、平和安全法制成立。
10月5日 マイナンバー法施行。
2016年(平成28年)
3月27日 民主党と維新の党が合流して民進党結成。
3月29日 平和安全法制施行。
6月19日 改正公職選挙法施行。18歳選挙権成立、71年ぶりの選挙権年齢拡大[注 5]。
8月8日 今上天皇が「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」として、国民に向けてビデオ映像を用いての自らのメッセージを発表。
2017年(平成29年)
6月16日 天皇の退位等に関する皇室典範特例法公布。
9月25日 希望の党結成。
10月3日 立憲民主党結成。
2018年(平成30年)
5月7日 民進党と希望の党が合流して国民民主党結成。
6月28日 - 7月8日 西日本豪雨発生。
- 今後の予定
2019年(平成31年・新元号元年)
4月30日 天皇の退位等に関する皇室典範特例法施行。今上天皇が退位し太上天皇(上皇)となる。
5月1日 皇太子徳仁親王が「第126代天皇」に践祚・即位し「平成」から「新元号」に改元、202年ぶりの譲位[注 6]。
- ただし、上記の同特例法施行予定日までに、同特例法「附則第2条」の規定による「皇室典範第4条の規定での(天皇の崩御による)皇位継承」が行われることなく、同特例法の効力が消失しない限り。
2020年(新元号2年)
7月24日 - 8月9日 東京オリンピック開催 - 1964年(昭和39年)の大会以来2回目、1940年(昭和15年)の未開催大会も含めれば3回目。
8月25日 - 9月6日 東京パラリンピック開催 - 1964年(昭和39年)の大会以来2回目。
2022年(新元号4年)4月1日 改正民法施行。成人年齢(成年)が「20歳」から「18歳」に引き下げ、女性の婚姻可能年齢が「16歳」から「18歳」に引き上げ、男性と同等になる。
その他の戦後
スイス
スイスで「戦後」は一般的に1815年以降(ナポレオン戦争後)のことを指す。1815年のウィーン会議においてスイスは国家としての「永世中立国」が認められたからである。第一次世界大戦と第二次世界大戦でも武装中立を維持し積極的に戦争には加わらなかったため、他のヨーロッパ諸国とは違い1815年からの「戦後」は続いた。
アメリカ
第二次世界大戦以降も10年から20年単位で不正規戦争を繰り返しているアメリカ合衆国では、「戦後」という概念は存在しない。辛うじて同国史上唯一の内戦である南北戦争を境に「戦前」「戦後」といわれることもある。
その他
韓国・北朝鮮 - 朝鮮戦争後(1953年 - )。特に韓国では、日本の植民地支配から解放された1945年8月15日を境に「解放前」「解放後」という表現が用いられ、「戦前」「戦後」よりも「解放前」「解放後」の使用頻度が高い。朝鮮半島が南北に分断された1945年を「分断0年」として、現在の年を「分断n年」と表現することもある(日本の「戦後n年」に相当)。
旧ユーゴスラビア連邦諸国 - ユーゴスラビア紛争後(およそ1995年 - )
京都においては、『この前の「戦」』が第二次世界大戦ではなく応仁の乱を指し、戦後とはそれ以降であるといわれることがある。これは細川護貞が「前の戦争(応仁の乱)で細川家の宝物が焼けた」と言ったという話が元になっている。京都市民の間でもそのように捉えている人は少数にとどまり[1]、京都府の公文書などの公的な場でこのような表現が行われることはない。
福島県会津地方(旧会津藩、主に現在の会津若松市)においては、同様に『この前の「戦」』が戊辰戦争を指し、戦後とはそれ以降であるというジョークがある。第二次世界大戦での戦災が比較的少なく、それよりも戊辰戦争による旧長州藩(現在のほぼ山口県萩市)に対する遺恨が深いためである[2]。
脚注
注釈
^ 韓国人慰安婦問題や沖縄県の在日米軍基地問題など、第二次世界大戦によって生じた問題が解決を見ていないため、右翼、左翼問わず現在を戦後に含めることがある。
^ 経済上の指標からの定義で、高度経済成長が始まった時期(経済企画庁編纂、年次経済報告〈経済白書〉、1956年(昭和31年)7月)。
^ 2006年(平成18年)6月にモンテネグロ王国との戦争状態が国際法上終了したが、これは日露戦争(1904年 - 1905年)におけるものである(「日本最後の一覧」も参照)。
^ 初代・神武天皇が即位したとされる日を紀元前660年2月11日(旧暦:1月1日)とし、同年を「元年」とした神武天皇即位紀元(皇紀)によるもの(例:西暦1967年=皇紀2627年)。
^ 選挙権が「25歳男子」から「20歳男女」に拡大し引き下げられて完全普通選挙が導入された1945年(昭和20年)以来。
^ 江戸時代後期にあたる1817年5月7日(旧暦:文化14年3月22日)の光格天皇から仁孝天皇への譲位以来。
出典
^ 先の戦って「応仁の乱」? 京都人100人に聞く 京都新聞社、2017年4月14日(2017年12月17日閲覧)。
^ 千石涼太郎『噂の県民ジョーク』(リイド文庫、2009年)88-89ページ
関連項目
- 戦間期
- 戦前
- 戦中
終戦 - 終戦の日 - 日本の降伏
- 連合国軍占領下の日本
- 戦後混乱期
- 戦後復興期
- 現代 (時代区分)
- アプレゲール
外部リンク
シリーズ・戦後60年(2005年、西日本新聞社)
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