安楽死
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この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。 |
安楽死(あんらくし、英語:euthanasia)とは、人または動物に苦痛を与えずに死に至らせることである。一般的に終末期患者に対する医療上の処遇を意味して表現される。安楽死推進団体に所属し、スイスで安楽死したオーストラリアの環境学・植物学者デイビッド・グドールは「ふさわしい時に死を選ぶ自由」と定義している[1][2]。安楽死に至る方法として、積極的安楽死(英語:positive euthanasia , active euthanasia)と、消極的安楽死(英語:negative euthanasia , passive euthanasia)の二種類がある。安楽死の別表現として、尊厳死(英語:dignified death , death with dignity)という言葉がある。これは、積極的安楽死と消極的安楽死の両方を表現する場合と、安楽死を本人の事前の希望に限定して尊厳死と表現する場合があるが、世界保健機関、世界医師会、国際連合人権理事会、国家の法律、医療行政機関、医師会などの公的な機関による、明確または統一的な定義は確認されていない。
目次
1 積極的安楽死
1.1 積極的安楽死の法的扱い
1.1.1 名古屋安楽死事件の判例
1.1.2 東海大学病院安楽死事件の判例
1.2 動物に対する安楽死
2 積極的安楽死に関する議論
2.1 他人による積極的安楽死を法律で認めている国
3 消極的安楽死
3.1 消極的安楽死の法的扱い
4 安楽死を扱った作品
4.1 小説
4.2 一般書
4.3 漫画
4.4 映画
4.5 その他
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク
積極的安楽死
積極的安楽死とは、致死性の薬物の服用または投与により、死に至らせる行為である。医療上の積極的安楽死の場合は患者本人の自発的意思に基づいて、自ら致死性の薬物を服用して死に至る行為、または、要求に応じて、患者本人の自発的意思(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)に基づいて、他人(一般的に医師)が患者の延命治療を止めることである。
積極的安楽死の法的扱い
自分で積極的安楽死を行った(未遂も含む)場合は自殺なので犯罪にはならない。日本では他人による積極的安楽死は法律で明確に容認されていないので、他人が積極的安楽死を行った(未遂も含む)場合は刑法上殺人罪の対象となる。ただし、名古屋安楽死事件や、東海大学病院安楽死事件の判例では、下記の厳格な条件を全て満たす場合には違法性は無いために阻却される(刑事責任の対象にならず有罪にならない)と述べている。
一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の四条件を全て満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。
- 患者本人の明確な意思表示がある(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)。
- 死に至る回復不可能な病気・障害の終末期で死が目前に迫っている。
- 心身に耐えがたい重大な苦痛がある。
- 死を回避する手段も、苦痛を緩和する方法も存在しない。
名古屋安楽死事件の判例
1962年(昭和37年)の名古屋高裁の判例では、以下の6つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は違法行為となると認定している。
- 回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前である。
- 患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある。
- 患者の心身の苦痛からの解放が目的である。
- 患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、自発的意思で安楽死を要求している。
- 医師が行う。
- 倫理的にも妥当な方法である。
東海大学病院安楽死事件の判例
1995年(平成7年)の横浜地裁の判例では、下記の4つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は違法行為となると認定している。
- 患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる。
- 患者の病気は回復の見込みがなく、死期の直前である。
- 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために可能なあらゆる方法で取り組み、その他の代替手段がない。
- 患者が自発的意思表示により、寿命の短縮、今すぐの死を要求している。
動物に対する安楽死
積極的安楽死に関する議論
日本では、積極的安楽死を法律で容認するかについて議論されているが、法律で明示的に容認はしていない。2017年11月29日にオーストラリア南東部のビクトリア州 (オーストラリア)上院で安楽死の合法化法案が可決され、2019年6月から実施される見通しとなり[3]、同月29日にビクトリア州下院は末期患者に対する安楽死を合法化する法案を可決され、ビクトリア州知事の同意を得ることで成立した。2019年6月から余命半年未満と医師に判断された18歳以上の患者が自身に致死量の投薬を求める権利が付与されるという末期患者への安楽死が、ビクトリア州としてオーストラリア連邦政府が1997年に北部準州の「終末期患者の権利法」を無効にした以降で初めて解禁された[4][5][6]。スイス・バーゼルで安楽死したデイビッド・グドールは重い病を罹患していなかったが、体の不自由になるなど生活の質が低下していたと述べ、スイスでの安楽死前日の会見でスイスの品位ある死を選べる制度に感謝を示し、全ての国はスイスに遅れを取っていて自国のオーストラリアでは老化による生活の質低下を理由に安楽死を合法化認めていないのは残念だと語った[7][8]。
他人による積極的安楽死を法律で認めている国
スイス - 1942年
アメリカ(オレゴン州) - 1994年「尊厳死法 (Death with Dignity Act)」成立
オランダ - 2001年「安楽死法」可決。
ベルギー - 2002年「安楽死法」可決。
ルクセンブルク - 2008年「安楽死法」可決。- アメリカ(ワシントン州、モンタナ州) - 2009年
- アメリカ(バーモント州) - 2013年
- アメリカ(ニューメキシコ州) - 2014年
- アメリカ(カリフォルニア州) - 2015年[9]
カナダ - 2016年[10]
- オーストラリア(ビクトリア州) - 2017年[11][12][13]
- 韓国 - 2017年[14]
消極的安楽死
消極的安楽死とは、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または、開始しても後に中止することによって、人や動物を死に至らせる行為である。医療上の消極的安楽死の場合は、病気・障害を予防する方法、発症した病気・障害から救命・回復する方法、生命を維持する方法、心身の機能を維持する方法が確立されていて、その治療をすることが可能であっても、患者本人の明確な意思(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)に基づく要求に応じ、または、患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思に基づく要求に応じ、治療をしない、または、治療を開始した後に中止することにより、結果として死に至らせることである。世界の諸国では、終末期の患者には延命可能性が全くないかまたは長くても月単位なので、終末期の患者に対する消極的安楽死は広く普及している。治療により回復の可能性がある患者、回復の可能性はなくても死に至るまで長い年月がかかる患者など、終末期ではない患者の場合は、大部分の人は一般的に病気からの回復や生命・健康の維持の欲求を持っているので、消極的安楽死が選択される事例よりも、治療による回復や延命が選択される事例が多数派である。日本の最高裁判所に相当する韓国の大法院にて2009年の女性の高齢者の請求によって尊厳死を認めた判決後、2017年に韓国で「延命医療決定法(尊厳死法)」の試験事業が施行されて患者の意思によって延命医療を中止することができるようになった。約1カ月前にソウル市内のとある総合病院で、消化器系のがんの治療を受けていた50代男性が「延命医療を受けない」という治療計画書に署名していた。男性の医療陣は本人の意思に基づき、臨終が近づいた時に人工呼吸器装着・心肺蘇生・血液透析・抗がん剤投与などを実施しなかったが、男性が延命医療中止を選択していても栄養・水の供給、痛みの緩和、治療は継続した。患者は2017年11月21日の一週間前に安楽死を選択して死去し、韓国で合法的安楽死の事例初となるケースとして確認された。事前医療意向書の実践を推奨する代表は「難しい状況の中、患者の男性は大きな決断を下した。今回の決定は、延命医療中止について悩む多くの方々に勇気を与える事例だ」と語った。[14]
消極的安楽死の法的扱い
日本の法律では、患者本人の明確な意思表示に基づく消極的安楽死(=消極的自殺)は、刑法199条の殺人罪、刑法202条の殺人幇助罪・承諾殺人罪にはならず、完全に本人の自由意思で決定・実施できる。ただし、法律により強制隔離と強制治療が義務付けられている感染症は例外である。
日本の法律では、一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の条件のいずれかを満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。
- 患者本人の明確な意思表示がある(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)。
- 患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族(より親等が遠い家族や親戚は親等が近い家族に代わって代理権行使できない)の明確な意思表示がある。
日本の法律では、患者本人の明確な意思表示に基づかず、患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思表示にも基づかず、他人(一般的には医師)が治療の中止をした場合は、刑法199条の殺人罪が成り立つ。患者本人の明確な意思表示に基づかずに、または、家族の明確な意思表示に基づかずに、治療を開始しなかった場合も、殺人罪または保護責任者遺棄致死罪が成り立つ。2017年に韓国で「延命医療決定法(尊厳死法)」の試験事業が施行されて患者の意思によって延命医療を中止することができるようになった。[14]
安楽死を扱った作品
小説
森鴎外『高瀬舟』
ネビル・シュート『渚にて』
安部公房『箱男』
帚木蓬生『安楽病棟』
朔立木『終の信託』
久坂部羊『神の手』
一般書
カール・ビンディング、アルフレート・ホッヘ著、森下直貴、佐野誠 訳・著、『「生きるに値しない命」とは誰のことか――ナチス安楽死思想の原典を読む』 窓社 2001 ISBN 4896250362
奥野善彦『安楽死事件 : 模擬裁判を通してターミナルケアのあり方を問う』- 『長尾和宏の死の授業』ブックマン社 2015 ISBN 978-4-89308-837-6
漫画
手塚治虫『ブラック・ジャック』(主人公であるブラック・ジャックとは逆の考えを持った登場人物、ドクターキリコは安楽死を積極的に行う)
佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』
福本伸行『天 天和通りの快男児』(重要キャラクター・赤木しげるがアルツハイマー型認知症を発症し、意識があるうちに自ら安楽死(広義での尊厳死)を選ぶというエピソードがある)
映画
- ハッピーエンドの選び方
- ミリオンダラー・ベイビー
その他
安楽死ジェットコースター(搭乗者が降下時の重力加速度により死に至るとされる、特殊なジェットコースターのコンセプチュアル・アート作品)
脚注
^ 104歳のオーストラリア人科学者、合法のスイスで安楽死
^ [1]「ふさわしい時に死を選ぶ自由を」 104歳で自死の科学者
^ VIC州安楽死法案可決、国内で約20年ぶりNNA.ASIA、2017年11月23日
^ 豪ビクトリア州が安楽死を合法化へ、19年6月から施行 同国初
^ 豪ビクトリア州、安楽死解禁へ時事通信 2017年11月29日
^ VIC州安楽死法案可決、国内で約20年ぶりNNA.ASIA、2017年11月23日
^ 104歳のオーストラリア人科学者、合法のスイスで安楽死
^ [2]「ふさわしい時に死を選ぶ自由を」 104歳で自死の科学者
^ カリフォルニア州で安楽死合法化へ、全米で6番目AFP,2015年09月11日
^ カナダで医師による自殺ほう助が合法に “自殺ツアー”は許さないなど厳格な基準 NewSphere 2016年6月27日
^ 豪ビクトリア州が安楽死を合法化へ、19年6月から施行 同国初
^ 豪ビクトリア州、安楽死解禁へ時事通信 2017年11月29日
^ VIC州安楽死法案可決、国内で約20年ぶりNNA.ASIA、2017年11月23日
- ^ abc金成謨 (2017年11月22日). “韓国初の合法的尊厳死”. Chosum Online. 朝鮮日報日本語版. 2018年11月30日閲覧。
関連項目
- 尊厳死
- 自殺
- 終末期医療
- 生命倫理学
- 患者学
- 自己決定権
- 自殺関与・同意殺人罪
ディグニタス Dignitas
外部リンク
- World Health Organization>Search>"euthanasia"
- World Medical Association>Search>"euthanasia"
- USA Government Portal Site>Search>"euthanasia"
- USA Government>Department of Health and Human Services>National Institutes of Health>National Library of Medicine>PubMed>Search>"euthanasia"
- 厚生労働省>検索>"安楽死"
- Encyclopedia Britannica>Search>"euthanasia"
- Columbia Encyclopedia>Search>"euthanasia"
- Stanford Encyclopedia of Philosophy>Search>"euthanasia"
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