ボルドー
ボルドー | |
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行政 | |
国 | ![]() |
地域圏 (Région) |
ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏 (地域圏首府) |
県 (département) |
![]() (県庁所在地) |
郡 (arrondissement) |
ボルドー (郡庁所在地) |
小郡 (canton) |
8小郡庁所在地 |
INSEEコード | 33063 |
郵便番号 | 33000, 33100, 33200, 33300, 33800 |
市長(任期) |
アラン・ジュペ (2014年-2020年) |
自治体間連合 (fr) |
ボルドー・メトロポール |
人口動態 | |
人口 | 239,399人 (2011年) |
人口密度 | 4,850人/km2 |
地理 | |
座標 | 北緯44度50分19秒 西経0度34分42秒 / 北緯44.838611度 西経0.578333度 / 44.838611; -0.578333座標: 北緯44度50分19秒 西経0度34分42秒 / 北緯44.838611度 西経0.578333度 / 44.838611; -0.578333 |
標高 | 平均:6 m 最低:1 m 最高:42 m |
面積 | 49.36km2 |
![]() ![]() ボルドー |
ボルドー(Bordeaux)は、フランス南西部の中心的な都市で、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の首府、ジロンド県の県庁所在地である[1]。アキテーヌ公国の首府だった。
目次
1 概要
2 地理
2.1 位置
2.2 概論
2.2.1 隣接コミューン
2.3 地質と地形
2.4 気候
2.5 交通
2.5.1 道路
2.5.1.1 ガロンヌ川渡河
2.5.2 鉄道
2.5.3 航空
2.5.4 市内公共交通
2.5.4.1 トラム
2.5.5 自転車
3 歴史
4 人口
5 観光
6 教育
7 スポーツ
8 姉妹都市・提携都市
9 出身有名人
10 出典
11 関連項目
12 外部リンク
概要
ボルドーは、ガロンヌ川に面した港町で、市街地は川の湾曲部にそって三日月形に形成され、月の港と呼ばれる。河口にも近い。ボルドーワインの産地として世界的に有名。中心部から北側にかけては、都市計画による大通りがある。市の南側は18世紀に建設されたが、狭くてまがった通りのある古い一画である。
2007年にボルドーの市街区域1810ヘクタールが世界遺産に登録された。18〜19世紀の都市計画によって生まれた調和のある街並みと、近年のガロンヌ河岸の歩行者空間と一体となった歴史的な再開発が評価された。
地理
位置

ジロンド県におけるボルドー
ボルドーはフランス南西部の大西洋の近くに位置する。
直線距離でパリから498km、ポーから172km、トゥールーズから220km、ビアリッツから170km、サン・セバスティアン(スペイン)から201km、アルカションから51kmの地点に位置する。
概論
街をガロンヌ川が横切っている。
外洋船舶が接岸可能な港があるが、その大多数はジロンド川下流の港、主にル・ヴェルドン=シュル=メールを利用する。
ボルドーにはガロンヌ川最下流の橋であるアキテーヌ橋(fr:pont d'Aquitaine)がある。
都市圏は急速に発展し、特に西方で強度のスプロール現象をもたらした。この現象は、特に、ボルドー都市圏の住居が3階建てを越えることがほとんどなく、その上、4階建ては市街地中心部に隣接した城郭外に存在するという事実と結びついている。
中心市街地においては、1960〜1970年代に行われたメリアデック(Mériadeck)地区の改造作戦が、人と自動車の通行を切り離すことを狙って行われ、道路の上に歩行者用の歩道が建設された。
この事業の成果については論争がある。
2000年代初頭から、中心市街地再開発の現場のリズムの中で「眠った美女(la belle endormie)」が目を覚まし、路面電車の復活[2]以来、非常に大きく変化した。
隣接コミューン
- 北 ブランクフォール(Blanquefort)
- 北東 ロルモン(Lormont)
- 東 スノン(Cenon)
- 南東 ベグル(Bègles)
- 南 タランス(Talence)
- 南西 ペサック(Pessac)
- 西 メリニャック(Mérignac)
- 北西 ル・ブスカ(Le Bouscat)
地質と地形

ボルドーの地形
ボルドー市街地の大部分が位置するガロンヌ川左岸は、ボルドー湖(Bordeaux-Lac)周辺のように多くの場合湿地である大平原を構成する。いくつかの丘があるにも関わらず、左岸の平均標高はとても低い。この草原は主に砂利(gravier)が堆積したものである。
都市圏西部はランド砂平野(plaine sableuse des Landes、fr:Landes de Bordeaux)上に一部重なる。そこでは土壌はやせ、水を透過し、熱を容易に貯蔵する。その土壌は完全にブドウ栽培に適合している。ボルドーの街は地質面で極めて類似するメドック(下流)とグラーヴ(上流)の間に位置する。
ガロンヌ川右岸は平原から石灰岩台地にかわるので、全く違う様相である。標高は崖で90m近く上昇する。この台地上には、世界で最も高いワインを産するサン=テミリオン、ポムロール、フロンサックといった世界的ブドウ園が、ボルドーから約20kmにわたって存在する。
気候
アキテーヌの気候は海洋性であり、冬はとても穏やかで、夏は暑いボルドーの特徴に表れている。降水は頻繁にあり、年間820mmの降水量が多い年で年150日、一年を通じて降る。夏には降水は暑さによる雷雨によって頻繁になる。1883年7月、フランスで最も多くかつてない30分間降水量を記録した降雨が、ボルドーで観測された。
平均気温は1月の6.4℃から8月の20.9℃で、年間平均気温は13.3℃である。ボルドーでは夏に15〜20日程度、気温が摂氏30度を超える日がある。最高気温は2003年夏に観測され、摂氏41度に達した。その夏、気温が摂氏35度を超える日が過去最高の12日間続いた。
ボルドーはしばしば年間2000時間を越えて2200時間にも達する沿岸部の長い日照時間の恩恵を享受している。
ボルドーは1985年と1987年の厳冬、そして1988年から1992年にかけての乾燥でも知られる。より最近では、2002年から2005年の深刻な乾燥で知られている。
ボルドーは1892年8月16日観測の41.9度の最高記録気温と、1985年1月16日観測の-16.4度の最低記録気温と言った記録を持ち、Cfb(西岸海洋性気候)の気候区分に属する。年平均気温は13.3度である。
ボルドー・メリニャック (1971-2000)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
年 |
平均最高気温 °C (°F) |
10.0 (50) |
11.7 (53.1) |
14.5 (58.1) |
16.5 (61.7) |
20.5 (68.9) |
23.5 (74.3) |
26.4 (79.5) |
26.6 (79.9) |
23.7 (74.7) |
18.8 (65.8) |
13.4 (56.1) |
10.7 (51.3) |
18.1 (64.6) |
日平均気温 °C (°F) |
6.4 (43.5) |
7.6 (45.7) |
9.6 (49.3) |
11.6 (52.9) |
15.4 (59.7) |
18.3 (64.9) |
20.8 (69.4) |
20.9 (69.6) |
18.1 (64.6) |
14.2 (57.6) |
9.4 (48.9) |
7.3 (45.1) |
13.3 (55.9) |
平均最低気温 °C (°F) |
2.8 (37) |
3.4 (38.1) |
4.6 (40.3) |
6.6 (43.9) |
10.3 (50.5) |
13.0 (55.4) |
15.1 (59.2) |
15.2 (59.4) |
12.5 (54.5) |
9.5 (49.1) |
5.5 (41.9) |
3.8 (38.8) |
8.5 (47.3) |
降水量 mm (inch) |
92 (3.62) |
83 (3.27) |
70 (2.76) |
80 (3.15) |
84 (3.31) |
64 (2.52) |
55 (2.17) |
60 (2.36) |
90 (3.54) |
94 (3.7) |
107 (4.21) |
107 (4.21) |
984.2 (38.748) |
平均月間日照時間 |
107 |
114 |
180 |
177 |
222 |
225 |
243 |
243 |
183 |
134 |
91 |
72 |
1,992 |
出典: Météo France |
交通
道路
ボルドーはヨーロッパ大西洋側の道路交通の要所であり、パリおよび北ヨーロッパから、スペイン大西洋岸へ行くためには通らなければならない経路にある。ボルドーからパリへはオートルート A10を通じて、ペリグー、リモージュ、ブリーヴ、クレルモン=フェランへはオートルート A89を通じて、トゥールーズへはオートルート A62を通じて、モン=ド=マルサン、ポーへはオートルート A65を通じて、バイヨンヌやスペインへはオートルート A63を通じて、それぞれ結ばれている[3]。
ボルドーは45kmに亘る自動車専用環状道路を備えている(オートルート A630、ロカード(rocade)と呼ばれている)。フランスの都市環状道路として最長のもので、他都市へ向かうオートルートにつながっている。夏季、バカンス、通勤時間帯には頻繁に渋滞する。西側区間では片側2車線、東側区間では片側3車線となっている。現在、西側区間の一部(A63と10番出口の間)で片側3車線化の再整備が行われており、長期的には全区間において片側3車線化が計画されている。約30の可変案内標識が、ドライバーに対して、都市圏内で問題が発生している箇所とは異なる経路や、交通障害や事故の発生が想定される箇所を避ける経路を案内している。また、料金所は一箇所も存在しない。最高速度は90km/h(2007年6月21日午前6時以降、それ以前は110km/h)、重量車両は80km/hである。
市内中心のサン・クロワ通り付近から南へロカードへつながる自動車専用放射道がある。
中心市街地はブールバールによって囲まれている。また中心市街地で、自動車無しの日「ボルドーの日曜日(« Dimanche à Bordeaux »)」が毎月第一日曜日に行なわれている[4]。
ガロンヌ川渡河
ガロンヌ川には長い間、橋が架かっておらず、ボルドーの市民は、敵に対する自然の防御とみなしていた。
1821年のピエール橋(pont de pierre)が初の架橋となった。
1860年にエッフェル鉄道橋(fr:passerelle Eiffel)が開通した。
1965年にサン=ジャン橋が開通した。
1967年にアキテーヌ橋(fr:pont d'Aquitaine)が開通し、市中心の北で環状道路(ロカード)が通り、ロルモン(fr:Lormont)と結んだ。
1993年にフランソワ・ミッテラン橋(fr:Pont François-Mitterrand (Bordeaux))が開通し[5]、環状道路(ロカード)の一周が完成した。- 2008年に新しい鉄道橋が建設され老朽化したエッフェル橋に取って代わった。しかし、エッフェル橋はその建築上及び歴史上の価値から保存されることとなった[6]。
- 2013年にfr:Pont Jacques-Chaban-Delmas 橋が開通し、シャルトロン地区とスノン地区とが結ばれた。
鉄道

1900年頃のエッフェル橋
ボルドーにおける鉄道は1841年に、ボルドー - ラ・テスト鉄道によってラ・テスト=ド=ビュック との間で開業したのが始まりである。この時ボルドー最初の駅(ボルドー=セギュール駅)が開業し、現在のペサック通りに面した位置にあった。
1852年、パリ・オルレアン鉄道はボルドーとアングレームを結ぶ路線を開通させ、ボルドーとパリ間が鉄道で結ばれた。ボルドーではガロンヌ川右岸に開業したボルドー=オルレアン(Bordeaux-Orléans)駅(ボルドー=バスティード(Bordeaux-Bastide)駅)を発着した。
1853年、ボルドー - ラ・テスト鉄道はミディ鉄道(Compagnie des chemins de fer du Midi)に統合される。1855年にはボルドー=セギュール駅は廃止され、ボルドー=サン=ジャン駅に取って代わられた。このとき、2つの異なる鉄道会社に所属する異なる2つの主要駅を発着する2つの路線網が存在した。パリを旅立ちアキテーヌ南部へ赴こうとする旅客は、ボルドー=オルレアン駅で列車を降り、ピエール橋を通ってガロンヌ川を渡り、サン=ジャン駅で再び列車に乗らなければならなかった。
1860年に、この2つの駅を連絡するエッフェル鉄道橋(2線)がギュスターヴ・エッフェルとポール・レニョー(Paul Régnauld)によって建設された。しかしながら、オルレアン駅はクレルモン=フェラン、リヨン、パリへ向かうパリ=オルレアン鉄道の起終点として残された。1898年、より多くの旅客を迎えるため、サン=ジャン駅の現在の駅舎が建設された。
オルレアン駅は、徐々にその価値を失い、1934年の2会社の合併(パリ=オルレアン鉄道とミディ鉄道)と1938年のフランス国鉄(SNCF)設立は、オルレアン駅の決定的な終焉を告げた。廃止されてから長い間、幾度もの計画中止とノワール・デジール (fr:Noir Désir)のコンサートの後、オルレアン駅の建物は映画館へと転用された。

ボルドー=サン=ジャン駅
今日ボルドーは、パリとスペインの間における鉄道の要所となっている。ボルドーの中心駅(ボルドー=サン=ジャン駅)はTGVによってモンパルナス駅(パリ)、トゥールーズ、イルン、ダクス、アンダイエ、ポーと結ばれている。またコライユやTER、「ヴァンタドゥール」(Ventadour)によって、ナント、ペリグー、モン=ド=マルサン、リモージュ、リヨン、クレルモン=フェランとも結ばれている。
2008年に、通行容量を増強するために、それまでのエッフェル鉄道橋に隣接して新たなガロンヌ川鉄道橋(4線)が建設され、2線の供用が開始された。またLGV南ヨーロッパ大西洋線(TGV高速新線)がボルドー駅まで乗り入れた(2017年7月2日開業)[7]。モンパルナス駅(パリ)から最短で2時間10分でボルドー駅へ到着する。
メドックへ向うTER路線へは、トラムC線がCracovie駅から分岐しBlanquefort駅まで乗り入れている(2016年12月17日開業、fr:Tram-train du Médoc)。
航空
ボルドー空港は市中心部から西へ約10km離れたメリニャックに位置し、フランスで5番目の地方空港である(2010年には370万人の旅客利用があった)。毎日140便以上がボルドーと世界60都市を結んでいる。
空港には、ロカード11b出口からアクセスできる。またバス路線が市内中心部と結んでいる(サン=ジャン駅直行シャトルバスJet'Bus、もしくはTBCのバス1系統)。
市内公共交通
ボルドーとその都市圏(ボルドー都市共同体(CUB))は重要な公共交通路線網を保持している。Tram et Bus de la CUB(CUBのトラムとバス)の略称であるTBCの名称の下、運営されている。その事業は公共サービス委託契約によって、ケオリ・グループの企業であるケオリ・ボルドー(Keolis Bordeaux)により経営されている。TBCは2004年7月3日に、トラムB線の開業に伴う路線再編後の2004年7月3日にCGFTE(フランス語版)を置き換えた。
TBCの路線網は次の通り:
- トラム3路線(A線、B線、C線)
- ボルドー及びその都市圏における定期路線バス65路線
- Flexoサービス
- Resagoサービス
- ButCUBサービス(船)
路線網はボルドー都市共同体内の27コミューン(基礎自治体)において、午前5時から翌午前1時まで運行している。
トラム

Tramway de Bordeaux
ボルドーでは2003年12月21日開業のA線を皮切りにトラムが運行されている。地表集電方式(APS)を採用し、歴史地区には架線を張っていない。
トラム導入が決まる以前は、VAL方式軽量自動地下鉄によるメトロ建設計画(1986年発表)があった。しかし調査の結果、建設費は計画された15.7kmと6.3kmの2路線のみで70億フラン近いものであり、市負担分も3億フランと著しく高くボルドーに適合していなかった。
A線は2003年12月21日に、ジャック・シラクとアラン・ジュペ市長の臨席の下、メリアデック(Mériadeck)とロルモン及びスノン(Cenon)の間で開通した。APSの故障に起因する多数の技術的問題は2004年春に予定されていたB線及びC線の開業の遅れをもたらした。最終的にC線は2004年4月24日にカンコンス(Quinconces)とサン=ジャン駅(gare Saint-Jean)の間で開業した。B線は同年5月15日にカンコンスとサン=ニコラ(Saint-Nicolas)間、2.2kmの区間で部分的に開業した。キャンパス及びペサック方面の残りの区間はTBCが他のトラムを再編した同年7月3日まで開業しなかった。
近年、開業済三路線は末端部で延長が続けられている。また北西のCantinolleへ延びる新たなD線が計画されている(Ligne D du tramway de Bordeaux)。
自転車
2001年6月、ボルト―市長は4500台以上の自転車を無償で配置した[8]。
レンタサイクルシステムは2010年2月20日よりボルドー都市共同体により運営されている。VCUBは合計1545台の自転車がボルドー市内において300m間隔で配置されている99箇所を含めた、合計139箇所のステーションに配置されている。
歴史

マネ作「ボルドーの港」(1871年)
ボルドーの町は紀元前300年にケルト系ガリア人によって創設され、ブルティガラと呼ばれた。紀元前1世紀にはローマに占領されて主要な交易港となり、ワイン生産が盛んで商業地としてさかえた。4世紀には、アクイタニア・セクンダ属州の州都となり、大司教座がおかれた。5世紀にローマ帝国が崩壊した後にゲルマン民族の一派であるゴート人に支配された。732年にはイベリア半島から来たアブド・アル・ラフマーンのイスラム軍に占領されている。10世紀にはノルマン人のヴァイキングの侵略を受けた。10世紀後半にポワトゥー伯家がアキテーヌ公となった。1154年、アキテーヌ女公エリアノールがやがてイングランド王となるヘンリー2世と結婚したため、イングランド王(プランタジネット家)がアキテーヌ公となり、アキテーヌ公爵領およびボルドーは12世紀から15世紀にかけてイングランドの支配下に入った(アンジュー帝国)。
イングランドとフランスとの戦い(百年戦争)で、フランス王はアキテーヌ公爵領をイングランドから奪い、イングランドは1453年に撤退した。ボルドーはイングランドの支配である程度の自治を享受し支持していたため、1548年から1675年にかけてフランス王の支配に対して反逆した。ボルドーは18世紀に西インド諸島との貿易で黄金時代を迎える。フランス革命時には、穏健共和派であるジロンド派の本拠地であった。ジャコバン派による恐怖政治の時代には、ボルドーのジロンド派に対して報復が何度もなされた。1871年、普仏戦争が敗勢に陥る中、ボルドーで国民議会が開催され、ボルドーにフランス政府が置かれた。この時に、ティエールが行政長官に選ばれた。1880年ごろから、ブドウのべと病を防ぐボルドー液が使われ始めた。
第一次世界大戦中にも、ドイツ軍がパリ近郊まで迫ったため、フランス政府がトゥールを経てボルドーに遷された。第二次世界大戦でも1940年6月にパリ陥落を前に一時期政府が置かれたが、間もなくドイツ軍に占領され、政府はヴィシーに遷る。その後もドイツの占領下に置かれたが、1945年4月、連合軍の手によって解放された。当時、レジスタンス運動の指導者だったジャック・シャバン・デルマスが戦後の1947年から1995年まで長期にわたってボルドー市長を務めた。ボルドー市長の座は1995年から2004年までアラン・ジュペが占めた。
人口
1962年 |
1968年 |
1975年 |
1982年 |
1990年 |
1999年 |
2006年 |
2012年 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
249 688 |
266 662 |
223 131 |
208 159 |
210 336 |
215 363 |
232 260 |
241 287 |
source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[9]、2004年以降INSEE[10][11]
観光

サン・タンドレ大聖堂
3ヶ所がフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のモニュメントとして1998年に世界遺産に登録されている。
- サン・タンドレ大聖堂
- サン・スラン大寺院
- サン・ミッシェル大寺院
また、市内の歴史地区が「月の港ボルドー」の名で、2007年に世界遺産に登録された。
教育
1441年に開学したボルドー大学を始め、ボルドー政治学院などグラン・ゼコールなどの高等教育機関が多く、国立司法学院も置かれている。町全体の学生数は7万人で、ヨーロッパ最大の学生街となっている。
スポーツ
FCジロンダン・ボルドーが地元住民の人気を集めている。
ラグビーユニオンクラブのユニオン・ボルドー・ベグルは国内最高峰のトップ14に所属している。
姉妹都市・提携都市
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出身有名人
ジャン・アヌイ - 劇作家
ジャック・エリュール - 哲学者・神学者
ルネ・クレマン - 映画監督
ジェルメーヌ・セイエ(またはジェルメーヌ・セリエ) - 調香師。第二次世界大戦後、パリ6区モンパルナス大通りや8区ボカドー通り等に居住
ダニエル・ダリュー - 女優
ミシェル・ド・モンテーニュ - 哲学者
シャルル・ド・モンテスキュー - 哲学者、啓蒙思想家
フランソワ・モーリアック - 作家
リチャード2世 - イングランド王
ピエール・ロード - ヴァイオリニスト
出典
^ フランス革命期にはジロンド派の地盤であった。
^ Une renaissance urbaine et économique
^ ボルドー大バイパスの研究が2003年より開始された。これは国際的な自動車交通を迂回させる目的でA10とA63をブライとボルドー西部に位置するメドックを経由して結ぶ計画だった。
^ Bordeaux>Cadre de vie >Circuler, stationner >En véhicule particulier >Restrictions de circulation
^ Les ponts de Bordeaux
^ Bordeaux : un tour de ville en 101 monuments, Édition Le Festin, juillet 2008.
^ Site internet officiel consacré à ce sujet et administré par RFF
^ Voir le site de la mairie
^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=4923
^ http://www.statistiques-locales.insee.fr
^ http://www.insee.fr
関連項目
- ボルドーワイン
ボルドー液 - 古典的な殺菌剤(農薬)
FCジロンダン・ボルドー - ボルドーを本拠地とするサッカークラブ。
カヌレ - ボルドーを発祥の地とする菓子。
外部リンク
- 公式
ボルドー市公式サイト (フランス語)
- メディア
TV7 ボルドー・インターネット放送 (フランス語)
- 観光
ボルドー観光局公式サイト (日本語)
フランス観光開発機構 - ボルドー (日本語)