アルティン・リースの補題
数学において、アルティン・リースの補題(英: Artin–Rees lemma)は、ヒルベルトの基底定理のような結果とともに、ネーター環上の加群についての基本的な結果である。1950年代に数学者エミール・アルティンとDavid Reesによって独立に証明された。特別な場合は オスカー・ザリスキ に先に知られていた。
この補題から得られる結果にクルルの交叉定理がある。また、完備化の完全性を証明するためにも使われる(Atiyah & MacDonald 1969, pp. 107–109)。
目次
1 補題の主張
2 証明
3 クルルの交叉定理の証明
4 参考文献
5 外部リンク
補題の主張
I をネーター環 R のイデアルとする。M を有限生成 R-加群とし N をその部分加群とする。このときある整数 k ≥ 1 が存在して、n ≥ k に対して、次が成り立つ。
- InM∩N=In−k((IkM)∩N){displaystyle I^{n}Mcap N=I^{n-k}((I^{k}M)cap N)}
証明
必要な概念や表記が準備されてしまえば、補題は R が「ネーター的」であるという事実から直ちに従う[1]。
任意の環 R および R のイデアル I に対して、blIR=⊕0∞In{displaystyle mathrm {bl} _{I}R=oplus _{0}^{infty }I^{n}} とおく(blow-up のbl)。部分加群の減少列 M=M0⊃M1⊃M2⊃⋯{displaystyle M=M_{0}supset M_{1}supset M_{2}supset cdots } が I-フィルター(I-filtration)であるとは、IMn⊂Mn+1{displaystyle IM_{n}subset M_{n+1}} が成り立つときにいう。さらに、それが安定(stable)であるとは、十分大きい n に対して IMn=Mn+1{displaystyle IM_{n}=M_{n+1}} であるときにいう。M に I-フィルターが与えられているとき、blIM=⊕0∞Mn{displaystyle mathrm {bl} _{I}M=oplus _{0}^{infty }M_{n}} とおく。これは blIR{displaystyle mathrm {bl} _{I}R} 上の次数加群である。
さて、M を R-加群とし、有限生成 R-加群による I-フィルター Mi{displaystyle M_{i}} が与えられているとする。次のことを確認する。
blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} が blIR{displaystyle mathrm {bl} _{I}R} 上有限生成加群であることと、フィルターが I-安定であることは同値である。
実際、フィルターが I-安定であれば、blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} ははじめの k+1{displaystyle k+1} 個の M0,…,Mk{displaystyle M_{0},dots ,M_{k}} によって生成され、これらは有限生成であるので、blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} も有限生成である。逆に、blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} が有限生成であれば、⊕0kMj{displaystyle oplus _{0}^{k}M_{j}} として、n≥k{displaystyle ngeq k} に対して、各 f ∈ Mn は
- f=∑aijgij,aij∈In−j{displaystyle f=sum a_{ij}g_{ij},quad a_{ij}in I^{n-j}}
と書ける。ただし gij{displaystyle g_{ij}} は Mj,j≤k{displaystyle M_{j},jleq k} の生成元。つまり、f∈In−kMk{displaystyle fin I^{n-k}M_{k}} である。
これで R がネーター的であると仮定すれば補題を証明できる。Mn=InM{displaystyle M_{n}=I^{n}M} とする。すると Mn{displaystyle M_{n}} は I-安定なフィルターである。したがって、上記より、blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} は blIR{displaystyle mathrm {bl} _{I}R} 上有限生成である。しかし blIR≃R[It]{displaystyle mathrm {bl} _{I}Rsimeq R[It]} は R がネーター環なのでネーター環である。(環 R[It]{displaystyle R[It]} はリース代数と呼ばれる。)したがって、blIM{displaystyle mathrm {bl} _{I}M} はネーター加群であり任意の部分加群は blIR{displaystyle mathrm {bl} _{I}R} 上有限生成である。とくに、N に induced filtration が与えられているとき、すなわち Nn=Mn∩N{displaystyle N_{n}=M_{n}cap N} であるとき、blIN{displaystyle mathrm {bl} _{I}N} は有限生成である。すると induced filtration も上記の確認により I-安定である。
クルルの交叉定理の証明
環の完備化における使用に加えて、補題の典型的な応用はクルルの交叉定理 (Krull's intersection theorem)
- ネーター局所環の真のイデアル I に対して、∩1∞In=0{displaystyle cap _{1}^{infty }I^{n}=0}
の証明である。共通部分 N に補題を適用すれば、ある k が存在して n≥k{displaystyle ngeq k} に対して
- In∩N=In−k(Ik∩N){displaystyle I^{n}cap N=I^{n-k}(I^{k}cap N)}
が成り立つ。ところがこのとき N=IN{displaystyle N=IN} なので中山の補題によって N=0{displaystyle N=0} である。
参考文献
^ Eisenbud, Lemma 5.1.
Atiyah, Michael Francis; Macdonald, I.G. (1969), Introduction to Commutative Algebra, Westview Press, ISBN 978-0-201-40751-8
Eisenbud, David, Commutative Algebra with a View Toward Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics, 150, Springer-Verlag, 1995, ISBN 0-387-94268-8.
外部リンク
Artin-Rees Theorem - PlanetMath.org(英語)